アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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新宿にて①花の新宿は伊那市が国内唯一の友好都市。その理由と、今につながる東京と地方の関係と…

人だらけの東京から帰還しました。
東京での公務は、友好都市である東京都新宿区議会との議員全員での交流会でした。江戸時代の高遠藩内藤家の江戸屋敷が現在の新宿区にあった縁で、旧高遠町時代から隔年で相互に訪問を続けている恒例行事です。伊那と新宿との歴史的なつながりを深く知ることができた2日間でした。

歴史って、面白い!!
先に2日目の内容から。
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今日は四谷の住宅街にある新宿歴史博物館を見学。学芸員さんが高遠藩内藤家の江戸屋敷について講演してくださいました。
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伊那市は、新宿区の国内唯一の友好都市。その縁は、江戸時代に内藤家の江戸屋敷が現在の新宿御苑の場所にあったことにさかのぼります。

「新宿」の地名は江戸初期、付近を通る甲州街道の最初の宿場が起点の日本橋から遠く不便だったことから、元禄年間になって「内藤家」の屋敷の敷地に整備した「新たな」「宿場」を「内藤新宿」と呼んだことから来ています。

講演では、内藤家が甲州街道と青梅街道が交わる要衝に屋敷を与えられていたことや、その屋敷が御三家・尾張徳川家や井伊家と匹敵する広さだった(!!)ことなど、約3万石ながら徳川幕府の厚い信頼を得ていたことが解説されました。

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当時の絵図。右上の「尾張殿」や左下の「井伊掃部」と同規模の広さで、中央に「内藤駿河」とあるのがわかります。

また、広大な屋敷を与えられるきっかけとなった「駿馬伝説」ゆかりの内藤神社や、内藤家の藩主の墓がある太宗寺といった、高遠と新宿の関係を伝える文化財が新宿区に点在していることも紹介されました。

新宿って、イカガワシイ場所のイメージがある人も多いかと思いますが、けっこう文化財や風情のあるスポットがたくさんあるんですね。新宿への興味がグッと高まりました。こんどじっくりと歩いてみよう。

僕が興味を持ったのは、別の点。

江戸期の高遠藩が財政的には常にかなり苦しく、一揆や農民の逃散があったことは知っていましたが、この分不相応な広大な江戸屋敷の存在もその理由かもしれません。
そして、藩主の墓は新宿にあり、高遠にある菩提寺・満光寺には側室の墓しかなく、内藤家は完全にお江戸の人だったこともわかりました。
これって、高遠の領民はお江戸の内藤家を維持するために苦しんでいたのでは??

何やら、東京一極集中で地方が苦境にある現状と似ているような…
とても興味深い事実でした。

話がそれました(..)

今日話してくれた新宿区の担当者は、「新宿は歌舞伎町の繁華街ばかりがクローズアップされますが、文化や歴史があることを知ってほしい」と話していました。この友好都市の縁に思いをはせながら周辺を散策することで、新宿の新たな魅力を発見することができそうです。

この2日間を通して、新宿区が伊那市をとても大切に思ってくれていることが伝わってきました。我々伊那市民も、新宿との縁を大切にし、活用させていただく姿勢が重要ですね。なんといっても日本中、世界中から人が集まる東京のド真ん中ですから。
by yagitakuma | 2017-11-02 23:22 | 八木たくまの伊那市議日記 | Comments(0)