アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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カテゴリ:八木家が犯罪被害者に( 28 )

あの日から1年。八木家が犯罪被害者に(25)

あの日から、1年。
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今日は、ひき逃げの犠牲となった姉の命日でした。
冷たい雨の中、伊那から高速を飛ばしたあの日のことが鮮明によみがえります。
今日は晴天。

あっという間の1年でした。

これまでの経緯は、こちらにまとめてあります→「八木家が犯罪被害者に」http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

東北から大阪へと向かい、実家の駅前のコンビニで、姉が好きだった缶ビールを2本。
お骨の前で二人だけにしてもらい、飲みました。初めての二人飲み。

1回くらい一緒に飲みたかったな
酒、強かったらしいやん。
八木家はみんな強いんかもな
俺は忙しいけど、なんとか元気でやってる。
伊世の分まで生きるから、見守っといてくれよ
お骨はどうしたらいいんやろ
「散骨してくれ」って言ってたらしいけど、それはなぁ
暗い墓に入れるのも、辛すぎてできへん
家の誰かが死ぬまで、このままでいいか?
……

まだ、お骨もお墓もどうするか、決まっていません。
姉のことを想ってくださっている方々が、手を合わせる場所がないこと。心苦しく、申し訳なく思っています。

事件後、姉のご友人が送ってくださった写真や手紙に、あらためて一つひとつ目を通しました。
姉を愛し、尊敬し、大切に思ってくれた方々の思いがひしひしと伝わり、涙が止まりませんでした。

でも、気力も湧きました。

服役中の川崎愛受刑者。
刑事裁判では飲酒の事実を否定し続け、わずか2年8月の判決でした。
刑期の相場を考えると、早ければ今年中には出所してくるかもしれません。

ふさわしい刑罰を求めて、関係者を割り出し、証言を求め、真実を明らかにすること。
これほど難しいとは思いませんでした。
協力してくれている旧知の記者が、「普通の人は絶対無理だ」と言っていました。
同感です。事件記者時代の経験と、死んだ姉の人徳によって皆さんに支えていただいたからこそ、ここまで来ました。でも、できる限りの手は尽くしたけど、望む結果を得ることはかなり厳しい状況です。

それでも、もう少し頑張ろう。
皆さんの思いに、背中を押された気がします。

僕は現場には行けなかったけど、新しい花束がいくつも供えられていたそうです。
by yagitakuma | 2017-02-16 19:29 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

声を上げ続ける責任がある。電通過労自殺の悲痛な手記から-八木家が犯罪被害者に(24)

クリスマスの朝刊1面トップは、悲痛な叫びでした。
電通の新入社員で、過労自殺した高橋まつりさんの母の手記。
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「まつりの命日を迎えました。
去年の12月25日クリスマス・イルミネーションできらきらしている東京の街を走って、警察署へ向かいました。嘘であってほしいと思いながら…」

…。

静かな書き出し。
あふれ出る慟哭。

努力を重ね、格差をはねのけ、東大から国内最大の広告会社・電通への就職を勝ち取った娘への思い。困難な境遇にあっても絶望せず、誰もがうらやむ人生を送っていたはずなのに、命を絶つしかない状況へと追い込まれたこと。娘の死をきっかけに、この国の働く環境の改革を願っていること。そして、お母さんの「本当の望み」…。

幸せそうなお2人の写真と東京の夜景の写真から、しばらく目が離せませんでした。

高橋まつりさんの死から、過労問題対策が急激に動き始めました。
戻ることのない彼女の命がせめて、社会を変える力になることを願ってやみません。


この手記が報道され、直後に厚労省東京労働局が電通と元上司を異例のスピードで書類送検し、電通社長も辞任を表明しました。一連の急激な動きを見ながら、いろんなことが脳裏をよぎります。

僕も今年の2月、ひき逃げ事件で姉を失いました。
姉をはねて逃げた川崎愛受刑者は、飲酒運転の事実を認めることなく、裁判は終わってしまいました。
過去の記録はこちらにまとめてあります→「八木家が犯罪被害者に」

逃げ得を許す法律と捜査の限界や、遺族に冷たい司法制度について、この場でも繰り返し訴えてきましたが、僕たちには高橋まつりさんのように社会を動かすだけの力は到底ない、と思いました。

報道の現場にいたから、わかっています。高橋まつりさんの死には、マスコミが食いつかざるをえない要素がすべてそろっていました。センセーショナルに、繰り返し大きく報道されることによって、ようやく社会は動きます。
でも、その陰には、報道されることのなかった数多くの同様の死があったことでしょう。

姉の事件と重ね合わせてしまった僕でしたが、次第にこう考えるようになりました。

「声を上げることができる者、声を上げることを許された者は、声を上げ続ける責任があるんじゃないか」と。
まつりさんのお母さんのように。

今、僕は姉の事件について「真相をはっきりさせる」という極めて困難な壁と闘っています。情報は何も提供されず、すべて自力で追わなければなりません。
でも、それができるのは、記者時代に事件取材や調査報道の経験を積んでいたからで、通常は一般の方には到底無理だと実感しています。このように発信することも、誰もができるわけではない。

だからこそ、やらなければならない責任があると思う。同じようなことを繰り返さない社会にするために。

高橋まつりさんの母の手記には、こうありました。
「まつりの死が、日本の働き方を変えることに影響を与えているとしたら、まつりの24年間の生涯が日本を揺るがしたとしたら、それは、まつり自身の力かもしれないと思います」

その通りだと思う。

そして今、僕がまだ頑張れているのは、周囲の支えがあるから。
それは、死んだ姉の力なんだと思う。

まつりさんの母の手記は、こう続いていました。

「でも、まつりは、生きて社会に貢献できることを目指していたのです。そう思うと悲しくて悔しくてなりません」


声を上げることを許された者として、僕も声を上げ続けよう。

はるか遠い東京で起きてしまった一人の女性の死が、胸に響く年の瀬です。

支えてくださっている皆さんへの感謝を胸に、年明けには、勝負に出ます。
by yagitakuma | 2016-12-31 20:05 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

次へ。八木家が犯罪被害者に(23)

今日は大阪へ。
ようやく姉の事件の証拠が裁判所から開示され、弁護士さんと打ち合わせをしてきました。
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これまでの経緯はこちら→八木家が犯罪被害者に

前夜の「豆腐と日本酒の会」で二日酔い。高速バスでよかった~
早朝の伊那は土砂降りの冷たい雨でしたが、大阪は夏の陽気でした。

開示された事件の証拠書類に、すべて目を通しました。

姉がどのようにはねられ、車に頭を打ち付けたか。
川崎愛受刑者が、はねた直後にスピードを上げて逃げ、真夜中にもかかわらず車の修理を頼み、明け方までネットで「ひき逃げ」の処罰などについて検索していたこと。およそ真実とは思えない供述。飲酒でなかったのならなぜ姉に気付かなかったのかがまったくわからない、見通しの良い事件現場の状況。
目をそむけたくなるような写真…。

目から火が出るような思いで読みました。

今後の方針も決まりましたが、司法制度は判決を不服に思う遺族を助けてはくれない。自力でやるしかないですが、頻繁に大阪に来ることは到底できない…

絶対にあきらめない、という固い決意の中で、やはり不安もあります。

でも、八木家には大勢の味方がいる。

先月の偲ぶ会の後、主催してくださった姉の最後の職場・スポニチの方がメールをくださいました。
何度も、何度も、読んでいます。

「これからも大変だと思います。そんな時は後ろを振り向いて下さい。沢山の仲間がすぐそばで背中を支えています。
辛い時、苦しい時、しんどい時…
遠慮せずにもたれて下さい」

感謝で言葉もありません。


ずっと持ち続けていた姉の携帯。
迷惑メールがひどくて、先日迷いながらも解約しました。
姉とのつながりが切れてしまうようで、心が痛んだ。
少しずつ、遠くなっていく。

そのことを上の姉に伝えると、こんなメールが。

「お母さんに電話したら、初めて伊世の夢見た言うてた。
さっきも伊世が夢に出てきた言うてた。
『何か食べたい言うから何が欲しいんやいうても、何も言わへん』て、泣いてた。
お母さんそういう察知能力あるから、何か感じてんのんかもしれんな」

姉はオカンに、何を伝えたかったんだろう。

くそーっ
by yagitakuma | 2016-10-17 20:14 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

感謝、感謝。偲ぶ会。八木家が犯罪被害者に㉒

秋分の日は、大阪へ。
事件の犠牲となった姉を偲ぶ会を、最後の職場だったスポニチレース部の方々が中心となって開いてくださいました。

これまでの経緯はこちらにまとめてあります→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

楽しい会でした。
会場にあふれる笑顔、笑顔。
姉の幼なじみ、高校・大学の同級生、前の職場、最後の職場…。
いろんな方々が集まってくださって、姉のことを語り合いました。
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この数時間で、それぞれの年代のたくさんの思い出が交わりました。お互い知らなかったこともたくさんありました。みんなに愛された姉の人生が、心の中ではっきりと形になった気がします。

意外だったのは、「浮いた話」がけっこう出てきたこと。その話題で盛り上がってしまったけど、怒ってるかな…(笑)
そして、姉はいろんな方に僕のことを話してくれていたようです。
胸が軋む。

突然の別れであっても、お葬式やお墓参りを経て、人は心の区切りをつけていくのでしょう。それができなかったことに八木家として申し訳ない気持ちがありましたが、この会を開いてくださったことで、少し前に進めそうです。
新たなご縁もたくさん頂きました。ゆっくり話せなかった方もおられましたが、ぜひまた会いたいです。また飲みましょう!!

姉が逝き、裁判を経て、はや7か月が過ぎました。
優しく思いやりにあふれていた姉は、周囲が悲しみ、憤る姿に「私のことはもういいよ」と思っていたのではないか。でも、いろんな縁が生まれ、笑顔で満たされたこの会を見て、穏やかな心を取り戻してくれたことでしょう。

この楽しかった夜のことを思い返していると、自分の心の変化に気付きました。

今までは事件のことを考えるとき、険しい顔になっていたと思います。でも、この会でお会いしたいろんな方の笑顔が真っ先に出てくるようになり、なんだか心が穏やかになっています。

企画してくださった方々、来てくださった方々。
赤字覚悟で会場を提供してくださった大阪・本町の「そば処ふくしま」の皆さん。
お土産として、姉が好きだったパンを用意してくださった兵庫・武庫之荘のパン屋さん(店名を忘れた…)。
皆さんに、感謝です。

ご友人が教えてくれたこと。

姉は、僕のことを「巨人の内海に似てるねん」と言っていたそうです。
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なるほど。「目が細い」ってことか(笑)
by yagitakuma | 2016-09-24 23:52 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

何もしなかった初盆。八木家が犯罪被害者に㉑

まったく休めず、何も夏らしいことができないまま、季節が移ろってしまった。
伊那谷は朝晩が寒いくらいになり、すっかり秋の気配です。寒暖の差が激しい季節です。みなさんどうかご自愛を。

今年の夏は、いろんな方に「実家に帰らないの?」と聞かれました。
本当なら、事件の犠牲となった姉の初盆。
でも、八木家では何もしませんでした。
これまでの経緯はこちらにまとめてあります→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

伊那では「お新盆」といいます。近所の新盆家庭の玄関先で、故人を迎える示す提灯を見るたびにチクリと心が痛んだ。

何かしないといけないのか。
でも、たぶん姉は、まだその辺にいる。

裁判は懲役2年8月の判決が出て、控訴できずに確定しました。川崎愛被告は受刑者となり、刑務所に入りました。真実を話さないまま。

八木家の闘いは、まだ終わっていませんが、次へと進もうにも、裁判で出た証拠を取り寄せる作業に思いのほか時間がかかっています。裁判所で「確定証拠」にする作業、検察官が僕たちに見せられない部分を黒塗りにする作業…。
もう判決から2カ月が過ぎたのに。

警察からは、「証拠品を返還させてほしい」との連絡が来ています。
激しく壊れた自転車、破れて血がついた衣服。
引き取っても、いったいどうすればいいのかがわからない。

この間も、いろんな方々が姉のことを思い、形にしてくれました。

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姉の勤務先だったスポニチでは、社報の1ページを割いて追悼してくださいました。

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裁判を傍聴してくれたフリーのライターさんが、雑誌で記事にしてくださいました。ミリオン出版の「レベル9」21号。

スポニチの方々を中心に、今月末に姉を偲ぶ会も計画してくださっています。
また皆さんに会えるのが、すごく楽しみです。
ありがたい限りです。

「伊世ちゃんに会いたい」
「お墓参りをさせてほしい」
そんな連絡もいただきました。
でも、お骨は自宅にあり、オカンにそんな話ができる状態でもなく…。

申し訳ない気持ちでいっぱいですが、もう少し待ってください(..)

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店から見える南アルプスも、秋の光に包まれています。

お!よく見ると天竜川に釣り人がいる。
気持ちよさそうだ。釣れるのかな??

さーて、今日は9月議会初日。
行ってきます。
by yagitakuma | 2016-09-05 08:22 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

司法は被害者の味方ではない。速やかに被害者支援組織に相談を!八木家が犯罪被害者に⑳追記

懲役2年8月の判決で終わった姉の事件。これまでの経緯は→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

昨日、弁護士さんと打ち合わせをしてきました。
考えている方針を伝え、すべてを委ねてきました。
ホッとしました。
事務所を出ると、涙が出ました。

判決の日、検察に見放された後、助けてくれそうな弁護士を探して、必死でスマホ検索しました。翌日電話で話ができて、昨日の打ち合わせに。ブログもすでに読んでくださっていました。何を聞いても、明確な答えが返ってくる。迷っていたこと、不安だったこと。心の霧が消えました。

しばらくは伊那のことに集中できそうです。

もしいつか、同じような被害に遭ってこのブログを読んでくださる方がいたら、声を大にして伝えたい。
司法制度は、決して被害者の味方ではない。速やかに専門家に相談してください。

僕たち八木家は、警察や検察を信頼しすぎていた。十分やってくれたとは思うけど、結果には到底納得できない。警察や検察にとっては数ある事件の一つでしかなく、必死の思いの遺族とは距離があった。被告の権利ばかりで、何も教えてくれなかった。被告の住所すら教えてくれない。僕に報道の経験があったからいろんなことがわかりましたが、そうでなければ何もわからないまま終わり、あきらめていたでしょう。

もっと情報を開示してくれていたら、遺族としてできたことはあったはずです。飲酒運転であったことをうかがわせる証拠の数々があることは、初公判でようやく知りました。それも、法廷の経験がない人なら意味不明だったでしょう。もし、あの段階で専門家がついていてくれたら、もっと打つ手はあったかもしれない。

でも、後悔はしていません。この経験が、同じような被害に遭った方々の役に立つはず。そして、今の段階だからこそできることもきっとある。僕が頼りとした支援組織は、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」http://www.vs-forum.jp/です。ほかにも支援組織はあると思います。被害者の会もありました。「被害者支援」で検索し、ぜひ早い段階で相談してください。

2日前に電話で話ができた被害者の会の方は「遺族どうし、被害者どうしで情報交換しないと立ち向かえない。弁護士会自体が、加害者のためにあるようなものだ。被害者はいつも理不尽な扱いを受けている」とおっしゃっていました。
その通りだと思います。

さて、次の段階に進みます。
ここに出せない話になると思うのでしばらく沈黙しますが、またご協力をお願いすることと思います。
よろしくお願いします(..)
by yagitakuma | 2016-07-01 10:40 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(4)

結局、逃げ得だった。節目は、はるか遠い先に…八木家が犯罪被害者に⑳判決

後ろ髪をひかれながら、大阪を後にしました。
いろんな思いがありすぎて、なかなか報告が書けない。
高速道路のサービスエリア。雨の午前4時。明るくなってきた…。

姉が犠牲となったひき逃げ事件。
冷たい雨が降ったあの日から、4ヶ月半。

昨日の判決は何の区切りにもならず、遺族にとっての節目は、はるか遠い先にあるんだな…と思い知らされました。
これまでの経緯はこちらにまとめてあります→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

川崎愛被告への判決は、懲役2年8月。
先に、昨日の法廷で裁判官が読み上げた判決の内容を。

判決後、川崎被告は収監されていきました。黒いスーツ姿だけど、化粧をして髪をクルクル巻いてきていた川崎被告。判決を聞いてあきらかにホッとした表情を浮かべていました。この日も遺族や傍聴席ではなく、裁判官だけに一礼して法廷を出ていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
主文
「被告人を懲役2年8月に処する」
判決理由の要旨
「本件事故は被告の前方不注視によるものだが、被害者は直線道路の進路前方左寄りに自転車で停車しており、視界をさえぎるものはなかったものであるから、深夜で良好な視認状況とはいえなかったことを考慮しても、通常の注意を払っていれば被害者に気づくことは十分可能であったのに、被告は衝突するまでまったく気付かなかったと述べており、前方不注視の程度ははなはだしく、過失は非常に大きい。被害者に落ち度は認められず、尊い命が奪われた結果は極めて重大だ。

その上、被告は人をはねたかもしれないと思いながらも事故後停車せず、深夜の冷たい路上に被害者を放置して、救護も通報もせず逃走しており、極めて無責任で悪質な犯行である。なお、被告が衝突を回避しようとした形跡はなく、被害者をはねたことを確定的に認識していたとまでは認められないが、時速49キロもの速度で衝突していることや、フロントガラスの破損状況などの状況からすれば、重大な結果となっている可能性を十分認識しうる状況であるから、確定的な認識がなくても強い非難は免れない。

以上の犯情に照らせば、本件は実刑相当の事案である。皆から愛された被害者を失った遺族の悲しみは深く、被害者の姉と弟は公判で悲痛な心情を述べ、厳しい被害感情を示している。被告は任意保険に加入しておらず、自賠責保険による補償を上回る十分な被害弁償がなされる見込みはない。

他方で被告は公判においては本件各犯行を認め、謝罪の言葉を述べるとともに、二度と車を運転しないと述べていること、被告の母が被告を監督する旨述べていることなどの事情も認められる。
そこで、本件の犯情に加え、これらの情状と同種事案の量刑傾向を考慮し、主文刑期の期間の実刑が相当と判断した

・・・・・・・・・・・・・・・・・

直前に居酒屋にいたこと、居酒屋店主が「酒を出した」と証言してくれていること、見通しの良い現場であるにもかかわらず姉に気付かなかったこと……。「飲酒運転だった可能性」は、判決では完全になかったこととなり、「飲んでなかったのならなぜ事故になった??」との数々の疑問は解消されないまま、終わってしまいました。

ここまでは予想していましたが、驚いたことは、判決後に僕たち遺族が検察に見放されたことでした。

僕はてっきり、「控訴するかどうか」との相談の場があるのかと思っていた。でも、担当の検事さんは「証拠がなく、我々の組織としては、これ以上はできません。申し訳ない」と…。

前回公判の後、多くの方々から川崎被告についての情報をいただきました。その内容は、驚愕でした。

「飲酒運転は日常茶飯事」
「足の障害も、飲酒の単独事故が原因」
「酒の事故で車がしょっちゅう代わっていた」
「『ガードレールが私を呼んでんねん』と面白おかしく言っていた」
「『中央分離帯に呼ばれてん』とヘラヘラしてた」…


ほかにも、ここには書けないような内容の話がたくさんありました。

それでも、司法制度は逃げた川崎被告の味方をした。
姉をはね、直後にアクセルを踏み込んで加速し、最後まで嘘をつき通した川崎被告の勝ちです。

判決公判が終わり、「法律の限界ですよね…」と口にした僕に、旧知の記者が言いました。

「その法律を変えてきたのは、いつも遺族だよな。誰かが、がんばって…」

たしかにそうだ。
「危険運転致死傷罪」
「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪」…

この十数年ほどの間に、飲酒運転や「逃げ得」に対する罰則が強化される刑法改正がありましたが、その背景には、悲惨な事故・事件の被害者遺族の悲痛な活動があったことを身に染みて実感しました。
警察庁の「平成26年版犯罪白書」によると、直近のひき逃げ事件の年間発生数は、9699件。僕たちのようなケースは、おそらく無数にあることでしょう。

姉の苦しみに報いるためにも、終わりにはできません。まだ道はある。あらゆる手段をとります。

共に怒り、共に泣いてくださった方々。毎回傍聴に来てくださった姉の友人や職場の方々。メールをくださった多くの方々。みなさんの支えがなければ、とっくにあきらめていたと思います。僕たちだけの孤独な法廷だったら、心が折れていたと思います。まだ終わりませんが、感謝してもしきれません。でも、それもみんなに愛された姉の人徳なんでしょう。

昨日、姉の前の会社の方々が、分厚いアルバムをくださいました。

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僕が知らなかった姉の素顔。
スポニチでも、社内報で追悼のページを作ってくださっているそうです。

よし。頑張ろう。
伊那に帰ります。
by yagitakuma | 2016-06-28 06:05 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(1)

何の感慨もない、ただの通過点の判決の日。八木家が犯罪被害者に⑲

またまた大阪に来ました。
今日はひき逃げ事件の犠牲になった姉の裁判の判決の日です。

過去の経緯はこちらにまとめてあります→「八木家が犯罪被害者に」http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

今日は「終わり」ではなく、八木家にとって次の段階に入る単なる「通過点」です。
川崎愛被告に対する検察の求刑は、懲役4年でした。
今日の判決に関しては、僕は何の興味もありません。

おそらく判決では、長くても懲役2年くらいではないかと思います。
それは、公判の上では川崎被告の「飲酒運転」の要素が完全に消えたからです。証拠が足りなかったから。

飲酒運転の可能性が極めて高いにもかかわらず、「飲酒運転の罪を起訴していないから」とバッサリ切り捨てた裁判官なので、執行猶予もありえると思っています。警察・検察が証拠を上げられなかったら、当事者が嘘をついたら、すべてがなかったことになる。飲酒ひき逃げに関しては、それがまさに「逃げ得」です。

これまでの公判は、記者時代に傍聴席から経験してきた裁判取材のままでした。
でも、自力で真実を求めていかないといけないかもしれないこれからの道は、僕の未知の領域に入っていきます。前回裁判の後ご連絡をくださった方々、本当にありがとうございます。お返事ができていない方、申し訳ありませn。

僕たち遺族を応援してくださっている方々、これからの僕たち遺族の闘いにどんな影響が出るかわからないので、寄せられた情報について詳細にお伝えできないことをご理解ください。いつか、すべてをお伝えします。今の段階でも、個別にご連絡をいただければお伝えします。

車社会のなかで、飲酒運転がいかに蔓延しているか。身にしみました。
「飲酒運転根絶!!」といくら叫んでも、おそらく意味はない。
車両のシステムを変えるしかないのではないか。
自分にできることは何なのか。そんな余裕があるのか…

判決の後、川崎被告はどんな表情をするのだろう。
今まで裁判官だけにしか頭を下げなかった川崎被告。
おそらく軽いであろう判決の後、あの女の表情を見て僕の脳ミソはどうなるのだろうか。

行ってきます。
by yagitakuma | 2016-06-27 08:29 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

もう一度電話をください…。八木家が犯罪被害者に⑱追記

今日は朝から、昨日の投稿を見てくださった方々から次々とご連絡をいただきました。
本当に、本当に、ありがとうございます。みなさん「なんでも協力する」と言ってくださって、力が湧きました。

今日は6月議会初日で、タイミングが悪くきちんとお話をうかがう時間がなかった方もおられました。
どうか、もう一度お電話ください!!明日以降、13日までは、昼間はいつでも電話に出られます。情報源の秘匿は、必ず守ります。聞かせていただいた内容をそのまま口外することもありません!!連絡先は、携帯090-1829-2149、メールはtakuma.yagi.ina@gmail.comです。どうかよろしくお願いします!!!

ご連絡をくださった方々から聞かせていただいた内容は、驚愕のひとことです。川崎被告の飲酒運転は、常習などという域を超えている。滅茶苦茶です。

みなさん、「絶対にまた繰り返す」と。
このままでいいわけがない。
by yagitakuma | 2016-06-06 21:45 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(3)

情報をください!!「逃げ得」を許さない社会のために、できる限りのことを。八木家が犯罪被害者に⑱

姉が犠牲となった堺市西区のひき逃げ事件。
前回書き忘れましたが、次回の公判は6月27日(月)午前10時から、大阪地裁堺支部202号法廷です。川崎愛被告(37)に対する判決が言い渡されます。

これまでの経緯は→「八木家が犯罪被害者に」http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

検察による一昨日の求刑は、懲役4年でした。
判決ではおそらく、かなり減刑されると思われます。その理由は、川崎被告が認めなかったため、「飲酒運転だった」という要素が裁判上から消されたから。証拠がなく、飲酒に関する事実が起訴できなかったため、情状面でも考慮されることはないでしょう。逆に「過失だった」「自ら出頭し」「反省している」という要素が考慮される。さすがに、執行猶予はないと思いますが…。でも、どうなるかわかりません。

川崎愛被告。
以前から僕のブログにも、この事件のことに触れた他の方のブログにも、「この女は飲酒運転の常習者だ」という匿名の書き込みが寄せられていました。
匿名で確認しようがなかったんですが、今日になって「常習者だった」という事実を知る人とつながる可能性が出てきました。大阪の友人が、情報をくれました。

「川崎被告が以前スナックを経営していたころ、帰宅の際に飲酒運転を繰り返していた」という話をしている人がいる、と。

もし、このような情報を知っている方がいらっしゃったら、どうか教えてください。取材源の秘匿は、必ず守ります。僕の連絡先は、携帯090-1829-2149、メールはtakuma.yagi.ina@gmail.comです。どうかよろしくお願いします。

一昨日の公判の後、裁判所近くの喫茶店に在阪の記者仲間が集まって話を聞いてくれました。
そのときに刺さった言葉。事件記者時代の仲間の言葉です。

「こんな軽い刑になるのは、俺たちマスコミがスルーしてきたからやな…」

たしかにそうだ。
僕も記者時代、このような事件は、最低限の取材で記事にして、そのまま追い続けることをしなかった。頻発する事件。限られた人員で、世間から注目される大事件以外は仕方ないことなんですが…

「もっと怒っていいと思うよ」とも言われました。たしかに、客観的に、冷静に…と考えすぎていたかも。

今、自分にできることは何なのか、考え続けています。
普通なら、このままあきらめてしまうでしょう。でも、事件の背景を世に問う仕事にたずさわっていた自分だからこそ、やらなければならないことがあると思うんです。
今回の事件を世に問い続け、逃げ得が許されない結果にたどりつくまで頑張らないといけない。無数にあるこのような悲しみや怒りを、少しでも減らすために、困難かもしれないけど…。

姉が力尽きてから2カ月後、産経新聞の大阪版に、事件のことが掲載されました。書いてくれたのは、大阪社会部の中井美樹記者。取材してくれた当時、僕は「このままでは終われない」と思っていました。今、その思いは強くなっています。

その記事の全文を、最後に転載します。提供した笑顔の姉の写真とともに。
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2016年4月16日産経新聞大阪朝刊大阪府下版
【大阪記者ノート】ひき逃げ死の遺族となった元新聞記者のブログを読んで

 元同僚記者のブログを読み、改めて記事を書く重みを感じた。堺市で2月に発生したひき逃げ事件。亡くなった女性の弟である元同僚が、事故直後から「家族の闘いの記録」としてつづっている文章だ。事件は「ベタ記事」として紙面に掲載されたが、ブログには短い記事で伝え切れないすべてが盛り込まれていた。女性の人柄や事件の理不尽さ、遺された家族や友人の悲しみや苦しみ・・・。命を絶たれるという事実の重さを、私は本当に分かった上で日々の記事を書けているのか、自問自答している。(中井美樹)

 ブログを発信しているのは、産経新聞の元社会部記者で、9年間の記者生活を経て、現在は長野県伊那市で市議をしている八木択真さん(37)。同じ高校出身で実家も近かった。
 ひき逃げ事件は2月13日午前1時5分ごろ、堺市西区の府道交差点で発生。自転車で信号待ちをしていた堺市南区桃山台の八木伊世(いよ)さん(38)が後方から車にはねられて頭などを強く打ち、意識不明の重体で病院に搬送された。

 インターネットのニュースサイトで事件を知り、もしやと思って八木さんのブログを開くと、事件のことが書き込まれていた。
 《大阪の二番目の姉がひき逃げ事件の被害に遭いました。頭を強打。車は逃走しています。現在、意識不明の重体。救命救急センターで闘っています》
 《今後同じような被害や事故に遭われた方々の参考になればと八木家の闘いを記録しようと思います》

 伊世さんは、スポーツ新聞の編集局で編集補助の仕事をしており、事件は深夜まで続く仕事を終え、帰宅途中に発生。3日間、奇跡を信じたが意識は戻ることなく、16日午後4時10分、伊世さんは息を引き取った。病院に駆けつけてくれた職場の同僚らは「優しくて、繊細で」「頑張り屋ですごくいい子で、職場で〝天使〟って呼ばれてた」と泣いてくれたという。

 ブログには、肉親を失った悲しみだけでは終わらない、事件の理不尽さへの怒りがつづられている。
 車を運転していた堺市内に住む無職の女(37)は、事件から13時間後に警察に出頭し逮捕された。「電柱のような硬いものに当たったが、人とは思わなかった」と供述。八木さんも、事件当初は「そんなこともあるのかもしれない」と思っていたそうだ。
 しかし、事件から20日目に警察と検察による被害者聴取を受け、事故車両を目の当たりにした八木さんの考えは変わり、ブログに〝状況証拠〟を列挙した。
 《衝突の際に姉の身体が乗り上げたとみられ、車はボンネットが大きく凹んでいる▽姉がボンネットに乗り上げて頭を強打したとみられ、フロントガラスが割れている▽容疑者は「電柱のようなものにあたったが人とは思わなかった」と否認したまま▽容疑者は事件直前、知人と飲み屋にいた▽姉をはねて走り去り、数時間後に出頭している》
 「これで人をはねたことに気付かんわけないやろ! いつまで姉ちゃんを『電柱』にしておくんや」
 先日、八木さんに大阪で会うと、そう憤っていた。

 八木さんの話にうなずく一方で、残念ながら大抵の記者はこうした事実にたどりつけなかっただろうと思った。社会面で大きく扱われた記事ならともかく、地域面のベタ記事で扱った重体ひき逃げ事件を、その後も追い続けることはほとんどないからだ。
 事実、伊世さんが3日後に亡くなったことを報じた新聞はなかった。ましてや、今回の事件に対して独自取材を重ね、直前に居酒屋にいたことを突き止めた記者もいなかった。

 「しゃあないですよね。それは分かっているんです。命に軽重はなくても記事のバリューとして軽い。僕自身も記者時代、同じように人の生き死にを右から左へ〝処理〟してましたから」。八木さんはやるせない表情を浮かべた。
 八木さんは、元記者として、毎日、大量に発生する事件・事故に追われ、次々とベタ記事を書かざるを得ない記者の実情を理解した上で、ブログにこうつづった。
 《大きく報道されることのない「名もなき死」の陰に社会の喜びや悲しみが詰まっている。それを伝えるのが、記者として最も尊い仕事ではないかと改めて感じています》

 「名もなき死」というフレーズが、私の胸にも突き刺さる。人の死は記者にとって日常だ。事件、事故、火災、災害。私自身、10年間の記者生活の間に、数え切れないほどの死をベタ記事にしてきた。
 通常、交通死亡事故が起きると、警察から送られてきた事故の概要が記載された広報文を見ながら、地元の署に電話で取材するが、亡くなった人の身元が判明しなければ、「60歳ぐらいの女性が車にはねられ、病院に搬送されたが死亡が確認された」という具合に、名前を入れずに記事を書くことはよくある。
 ただ、それに慣れてしまうことで自分自身、どこの誰が亡くなったのかという最も大切なことをないがしろにしたまま、機械的に、無感情に「死亡」という文字をパソコンに打ち込んではいなかったか。

 「死亡」という言葉の重みを分かっていますか?
 八木さんのブログを通じて、そう問いかけられた気がした。
 誰が死んだのか、なぜ死んだのか。人の死の重さを受け止め、その死の意味を考えることを、記者はやり続けなければいけないのだと思う。

 女は3月4日、自動車運転処罰法違反(過失運転致死)と道交法違反(ひき逃げ)の罪で起訴された。今月19日から大阪地裁堺支部で始まる裁判を私も傍聴したいと思っている。
 八木さんは被害者参加制度を使って裁判にも参加し、伊世さんの無念を、遺族の苦しさを訴えるつもりだ。

 「このままでは終われないです。被告には人の命を絶ったことの重大さと向き合ってもらいたい」


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最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
by yagitakuma | 2016-06-05 23:46 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(12)