アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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なくてもなんとかなる

今日も改装の続きを。
またまたほこりまみれ。
ガンバレ鼻毛!
もう切らないから!

でも大工さんに途中経過を見てもらって、なんとなく今後の順序が見えました。

と同時に、やはり大変な作業だ…。目標は夏まで。でもほかにもやらなければいけないことがある。焦らず、優先順位を決めて取り組もう。


生活はハンパなく不便です。

顔が真っ黒になっても風呂がない。

昨日、勢いよくみんなでどんどん工事を進めて、大事な配線をちょんぎってしまって(笑)テレビや
冷蔵庫の電気が途絶え…(冷蔵庫は昨晩寝る前に気付いて延長コードで対応!アイスはセーフ!)

台所の照明も消えて、今日の晩ご飯は電気スタンドを引っ張ってきて料理しました。

ガスはカセットコンロ。

洗濯物を干す場所もない。

寒い朝が予想される日は、寝る前に外の水道の元栓を閉める。エトセトラetc……


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大量の洗濯物。
ぶち抜いてほこりだらけの2階で、大脚立に竿をかけて干した(笑)。我ながらナイスアイデア!

ないと困るものでも、腹をくくればなんとかなるものですね。
サバイバルは男の醍醐味だ!

「あ、電気が…」となっても、「ナメンナヨ」と口にしながら工事現場用の長~いコードを引っ張ってきて、「ザマミロ」と思う。結構楽しい。でも風呂だけはホシイ…

田舎の良さか、毎日誰かしら友人と顔を合わせます。不便な家で収入もなくなるし、1人で先のことを考えると不安になることもあるけど、誰かと言葉を交わすと前向きになる。やはり気の合う仲間がいればそれだけでいいんじゃないかと、あらためて思うなぁ。

明日は改装から離れ、友人が働く大規模農家で田植えの準備を手伝う予定です。
またまた肉体労働(笑)メシがうまい。

農業の現場を勉強してきます。
by yagitakuma | 2013-03-25 23:21 | 日々のよもやま | Comments(0)

神さまがいた

旧橋場歯科改装2日目。今日もひたすらガテン系で!

残った壁の柱を外し、メーンは天井を落とすこと。
三角屋根なのでかっこいい骨組みが中にあると期待して…
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待合室のイマイチな天井板をはずし…


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「これ、いらなくね?」(破壊大好きマツオカ)
「これはヤバイよ…大工さんに見てもらおう」(ビビる八木)

このメンバーの中では慎重な部類に入る自分。
屋根全体がドドドド…と崩落する漫画のような場面が脳裏に…


でも慎重さばかりだと進まないのだ!
太い柱もエイヤッと切ってしまう。

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最高齢のおとーちゃんも加わり、しっくいの間仕切りをぶっ叩く!
勢いだけが取り柄のメンツの中で、黙々と照明などの電気関係をやってくれる唐木。

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あとは勢い!

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もう何も見えない…
みんな顔は真っ黒。
耳の穴まで真っ黒。

釘が靴の裏を貫通して悶絶する場面もあったけど

奮闘8時間。


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「いいよ…これ…」

ほかに言葉が出ませんでした。

1日半でここまで来れた。
みんなにひたすら感謝。


今日一番うれしかったのは、屋根の頂点の真下の梁に、神様がいたことでした。
きっと建物の骨組みが完成した際の上棟式で飾られたものなのでしょう。

施主は「橋場兼太郎」さんと書いてある。
どんな人だったのか今の橋場さんたちに聞きに行こう。

「紀元二千五百九十八年」と記してありました。昭和14年だったんですね。
ウチの親父と同い年だ。

僕らは70年以上たまりにたまった天井裏のホコリをたっぷり吸い込んだってことか。


ところが天井高く鎮座する神様を見つけたマツオカ。
平然と「バール取って」と言ってはずそうとする。


「何か書いてあるぞ!」

「おいおいおい待て待て!!」

「何?いるのコレ?」

なんとか阻止しました(笑)


いつまでも見守ってくれますように…

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体力の限界だ。おやすみなさい
by yagitakuma | 2013-03-24 23:05 | 伊那まち はしば | Comments(0)

始球式

今日、僕の拠点となる旧橋場歯科の改装作業を開始しました。
1階をカフェバーに、2階をイベントスペースにする構想で、現在1階に無理やり住んでいる(風呂もないのに…)ため2階から工事開始です。どうなることやら…
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「始球式」は破壊大好き男、マツオカ(二日酔い)。
ハンマーやバール、電ノコなどの道具も友人たちが貸してくれました。

2日前に大工さんに建物を見てもらい、「しっかりした造りだ」と言ってもらったのでひと安心です。なにぶん昭和ヒトケタの建築なので。
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まずは診療スペースと待合室、レントゲン室などがあった2階の壁をぶち抜きます。
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ぶっ壊すのは、楽しい!
ベニヤや石膏ボードの壁をハンマーでぶっ叩き、足で蹴り飛ばしてどんどんぶち抜いていく。
ホコリまみれになりながら。
骨組みは、抜いてよい柱かどうかを考えながら慎重に…
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4時間ほどでこんな状態に。広くなった!

あー最初の状態を同じアングルで撮っておけばよかった…

1階の部屋でみんなで朝までどんちゃん騒ぎし、二日酔い&極度の睡眠不足のふらふら状態でやり始めたのがあかんかった…
初歩的ミス。
ま、気を取り直して明日も頑張ろう。手伝ってくれる人が多い土日はかき入れ時だ。

ちなみにこの日の朝は…




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…。


……。


…………。



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2階で少し寝たら…クソッ。


しかも人のカメラで撮るなよ!!


これを書くためにデータを見てびっくりしたやないか!!!


もう十年以上、「寝たヤツは落書き」の応酬が続いている。
2日前にやられたので仕返しをしたら、数時間後に自分もやられた。
「寝てしまったら、起きたらまずは鏡」の習慣は必須。みんな落書きを告げずに平気で「メシ行こうぜ」などと言ってくる。性格のいいやつがニヤニヤしてるからそのまま人前に出てしまったやつはいませんが。でも今日は落とすのがめんどくさくてそのままラーメン屋に行ってしまった。こんな程度は序の口なので。

ちなみに過去最悪のは…













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5~6年前。
左が沈没した僕。

もはやここまでいったら芸術やな


この2~3日、めちゃめちゃ楽しかったので、これからは死にものぐるいで。

ではまた。
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by yagitakuma | 2013-03-23 23:08 | 伊那まち はしば | Comments(2)

頭がパンパンだ

大阪、和歌山、姫路で1週間、いろんな方にお会いし、いろんな話をしてきました。政治家、隠れ家的イタリアンのオーナー、NPOによる街作り経験者、地方自治や地域活性化に詳しい大学の先生…。友人や先輩後輩も。選挙に関することや、理想の街作り、たまり場づくりへの助言をいただき、頭がパンパンになって帰路の高速バスに揺られています。いろんな方との議論を通して自分の考えがクリアになり、深まっていく。ありがたい。

合間の時間はカフェをハシゴし、梅田にある大阪最大の書店、丸善&ジュンク堂で引きこもっていました。地域活性化関連の本を読みあさり、旧橋場歯科改装の参考にするためにカフェやインテリアの本を読み倒してきました。ここは店内に椅子があるのがありがたい。そして本の量がものすごい!
カフェ開業指南本やインテリア全般の本だけじゃなく、世界中のドアだけを集めた写真集や、窓の写真集、椅子の本、照明の本、はては個性的なトイレだけを集めた本まで。マニアックな本はどれも高いので買うのは控えたけど、かなり構想が固まってきました。あとは自分のセンスを信じよう。これでも幼い頃から近所に住む美術の先生のアトリエに通って絵画やら彫刻やら版画やらステンドグラスやらを習っていたので、ある程度アートのセンスはあるはず…。ちなみにピアノも長いことやってたんです。たいてい驚かれます。

やはり書店は知識の宝箱ですね。

やるべきことが山ほどある。明日から寝る間を惜しんで動こう。

いよいよあと10日ほどで無職です!「一席設けるよ」と言っていただいていた社内の方々となかなか会えていない。4月にまた大阪に来ます。

ちなみに今日の大阪の最高気温は21度。明日の伊那市の予想最低気温はマイナス5度。今晩も水道の元栓を閉めなければ。蛇口をひねっても水が出ない場所が日本にもあるんです(笑)

ではまた。
by yagitakuma | 2013-03-19 18:22 | 日々のよもやま | Comments(0)

やり残したこと

2年前の今日、僕は宮城・石巻市の南浜地区にいました。
東日本大震災翌朝に大阪からの応援組として同僚やカメラマンとともに宮城県に到着し、仙台と南三陸町、東松島市、女川町を経た後の5日目でした。

そこで出会った被災者のことが、脳裏から離れない。

1つだけです。記者を辞めるにあたって、やり残したこと、気がかりなことは。

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当時の記事です。


―東日本大震災の死者・行方不明者が日を追うごとに増えるなか、被災者は愛する人の消息を求めて、がれきの街を歩き続けている。津波が襲った直後から大規模な火災が発生していた宮城県石巻市の被災地にも流れ続ける涙をぬぐおうともせず、くすぶるがれきの中をさまよう男性がいた。
  (八木択真、写真も)

 男性は丹野徳雄さん(54)。妻の靖子さん(53)が石巻市南浜町で被災した。幾度も津波と引き波を繰り返した一帯は押し流された車の爆発で火災が発生。数日間燃え続けた火が治まった16日、見渡す限りのがれきの〝海〟に初めて足を踏み入れたという。ようやく自衛隊も入り、周囲では捜索と遺体収容が始まっていた。

 「体がねえなら何か見覚えあるものねえかと思ったけど、これでは捜しようもないよね…」

 いちるの望みを断ち切られ、涙があふれ続ける見開かれた目。変わり果てた街を見渡し、震える声で話し始めた。

 靖子さんは先月、この地で洋服の直し店を始めたばかりだった。3人の子供を育てながら家事の合間に自宅で続けてきた仕事で、店を持つのが長年の夢だった。

 「商売にならねとは思ったけど、ずっとやりたいっていってたから…。古い建物を2人で直して、このペンキも私が塗ったんです」。そう指さしたのは、明るい緑色に塗られたコンクリートの壁がわずかに残る10坪ほどの店の土台。2人で作った店の面影はこれだけだった。周囲の家も車もすべてが押し流され、近くの高台のふもとに打ち寄せられて焼けこげていた。

 地震発生時、丹野さんは経営する市内の水産加工工場にいた。すぐに避難し、次の日に妻の店からわずか50㍍ほどの高台の上にある自宅に戻った。「車も女房もいないし、こりゃやべえって…」。避難するなら高台の自宅を選ぶはず。しかし助けたくともがれきの海はすでに炎を上げていた。

 「ちょっとのことで助かったはずなのに。5分走れば…。悔しいよ…」。

 靖子さんとは29年間連れ添った。「今はばあちゃんだけど、若いころはめんこかったですよ…。ものごとをはっきり言う女で、しょっちゅうケンカしてました。あまりにもむごすぎるよね。これから仲良くしようと思ってたのに…」

 漁港の船も仕入れ先の市場も流され、仕事を再開できる見込みはない。それでも丹野さんは被害を受けた仕事場の片づけを始めることにした。「残された者は動かねえと気が狂ってしまう。じっとはしていられない」とようやく前を向いた。

 街を出た息子たちにも隠していた妻の被災を伝えることを決めた。「いつまでも隠していらんねえから、心の準備をさせねえと」とつぶやき、再びおえつが漏れた。

「でも家族というのは…1人欠けても…1人が欠けても…」

 軍手をはめた手で顔を覆い、傾いた日の中を自宅がある高台へと歩き出した。―





がれきの海に1人でいた丹野さんは、前後に揺れるように、「歩いている」とも言えないような歩みだった。目が合った瞬間、何があったのかがわかりました。わななく唇。見開かれた目。慟哭。あれほどの絶望の目を、僕は見たことがなかった。


「ひどいよね…」

「どこもこんな状況です。どこも…」


どちらから声をかけたわけでもなく、しばらくは会話にもならなかった。それまでの4日間、次第に各地で自衛隊ががれきの中に道をつけ、テレビもなく情報がない現地でも惨状が理解できるようになってきていました。がれきのすき間やひっくり返った車の中や、あちらこちらに遺体があるのに何もできない。体育館や競技場に仮設された安置所には泥だらけの毛布にくるまれた遺体が次々と運ばれてくる。大切な人を失った人たちの絶望と、生き残った人たちの不思議な高揚感とに囲まれ続けていた僕は、丹野さんを前に必死でこらえていた嗚咽が止まらなくなってしまった。

そんな僕に、丹野さんは話し続けました。

最後に「こんな家族がいたことを、伝えてください」と震える言葉を絞り出しました。

でも、その後会えていない。3カ月の節目で現地を訪れた際にご自宅を探し当てて訪ねさせてもらったけど、娘さんが「今はまだ会えないと…」とおっしゃっていました。1年の節目の際には、応答がありませんでした。
はたして記事にしたことが正解だったのか。今もわかりません。

どれだけ取材しても、本当の悲しみを伝えることはおそらくできない。癒えない悲しみは、あの日のことを話すことすらできない方々にあるのではないか。報道の限界を知りました。

もう一度訪ねてみようと思っています。それでもお会いできなければこのブログを削除し、澱のように積もったこの気持ちを心に刻み続けようと思います。
by yagitakuma | 2013-03-16 21:11 | 記者時代 | Comments(2)

ため息

旧橋場歯科建物内の片付けで、どうして良いかわからなかったもの。
それは大量の古く立派な絵画でした。

玄関を入って正面の壁に30号(90センチ四方ほどもある巨大さ)の風景画、その他小さな物を含めると10点ほどありました。どれも重厚な彫刻の額に入っている。

それらをどうするのか、ほかのことに手一杯でまだ考える余裕もなかった僕に、興味津々でのぞきに来た近所のおじさんが物知り顔で「こりゃぁ立派な絵だなぁ。額だけでも相当な価値があるぞ」。

そうなの!?

そして悪友①が「こういうのはとりあえずヤフオクに出すんだよ!絶対売れるから!」
翌日来た悪友②も「このデカイのは絶対200万円はする!画廊の人に見てもらおう。これだけで改装費がまかなえるぞ!」…

もうノリノリです。僕も年末ジャンボを買った直後のような気持ちになってきた。なにせ由緒ある建物に眠っていた絵画。ひょっとしたら、いや、ひょっとするはず!これは名画に違いない!
それからしばらく、玄関正面の巨大風景画は僕らの間で「200万円」という題名になっていました 笑。

2日後、悪友②の紹介で画廊の方が来てくれました。
高まる期待。

画廊の方「ふむふむ、ううーん…」
高まる期待。
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かかった時間は10分ほど。
「絵心はあると思いますが…きっと素人さんですねぇ」。
……。…………。

なんでも鑑定団でいうならば「評価額は…ドン!0円!!」でした。
画廊の方の申し訳なさそうな表情。

僕は無欲であることを自分に課して生きようと思っているんですが、みんながみんな目を輝かせるから…
もうヤツらの言うことは信じない。

でも、画廊の方からいろんなお話が聞けました。伊那とその周辺に住んでいる意外な文化人の話。伊那・高遠藩の名君で徳川家光の異母兄弟でもある保科正之が山形転封の際、価値のある物を持って行ってしまったために伊那に残る文化財は少ないということ。などなど。とても勉強になりました。はら美術さん、ありがとうございました(..)

でも…
もうヤツらの言うことは信じない。
by yagitakuma | 2013-03-14 19:02 | 伊那まち はしば | Comments(0)

ダウン

不要品の片付けに引っ越しが重なり、頑張りすぎてダウンしてしまいました…。

朝起きて薄着のまま水道の元栓を開けに行ったら(凍結破裂防止のためです。夜に閉めるのを酔っ払って忘れると、管のどこかに噴水ができます)、直後に悪寒と吐き気が。体だけは丈夫だったのになぁ。和歌山⇨伊那の気候の変化の激しさゆえか。

一人暮らしで風邪をひくと大変ですね-。薬も食料もないのに動くに動けず、「もうどうなってもいいわい」との心境でした。あきらめたらそこで試合は終わりです。
と思っていたら救いの手が!
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手伝ってくれている通称〝おとうちゃん〟に「今日は作業できそうにない」と伝えたら、おとうちゃんから連絡を受けた友人の居酒屋店主が現れ、薬やらプロのお粥やらユンケル黄帝液やら…。本当に助かった!

人間関係が濃密な田舎と仲間のありがたさ。

すっかり復活したので、建物改装の構想を固めるためにいったん大阪に行ってきます!悔しいけど、おしゃれな情報は都会に集まってるからなぁ。
by yagitakuma | 2013-03-12 13:36 | 日々のよもやま | Comments(0)

東日本大震災。

あの日から2年。
伊那市でも、防災無線で追悼のサイレンが響きました。

あの日。大阪からすぐに被災地に向かいました。

壊滅した街で、いろんな方と出会いました。
そして写真でしか会えなかった人も。
写真すら残らなかった人も。
その後何度訪ねても会ってもらえなかった人も。

記者の身分から離れてごめんなさい。
忘れることはない。また必ず会いに行きます。
by yagitakuma | 2013-03-11 14:59 | 日々のよもやま | Comments(0)

片付け大作戦

伊那に来てまず始めたことは
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膨大な量の不要品の片付け。
「処分は自分たちでやりますから」との条件で購入金額を安くしてもらいました。
とはいえ約80年も使われていた建物で、しかも貴重なものもあるかもしれない。
手当たり次第にどんどん捨てるわけにもいかず、人海戦術での作業となりました。
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まずは、自分が住む場所となる休憩室だったとおぼしき1階和室から…
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ツナギにマスク姿で、選別しながらどんどん運び出す。
仲間とともに1、2階で2日がかり。
問題は持ち主も「何があるかわからない」と言っておられた地下室でした。
建物の脇の細く暗い階段の先。
ギギ―ときしむ傾いた扉を開けると…

ホコリとクモの巣に覆われたカオス。
怖い。とてもじゃないが入れない。
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そこに強力な助っ人が!
学生時代に通っていた居酒屋のお父ちゃんが大活躍してくれました。

野人のようだ。
ネコの巣もネズミの巣もクモもへっちゃら。
ほこりだらけになりながらここもどんどん運び出す。

業者に処分を頼んだ場合、全体で30万円の見積もりだったそうです。
そんなお金はねぇよ!

仲間の1人が廃棄物処理会社で働いていて、大助かりでした。
その助言に従い、きちんと分別してその会社に軽トラックで持ち込む。
何でもかんでも混ぜて持ち込むととても高くなるんです。

段ボールや紙は無料で引き取ってくれる。
木製品だけを持ってくとキロ27円と処分料が安い。
ロッカーやパイプ椅子などの鉄製品は、キロ20円で買い取ってくれる!
電化製品も、テレビなど家電リサイクル法にひっかかるもの以外は無料。
使えそうな家電はリサイクルショップへ。
本も古本屋へ…
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ちなみにこの軽トラ1台分の鉄類で、4200円の収入になった(笑)

丸3日間頑張った結果、見積もり30万円が…
実際にかかったのは約3万円!!
もっとも、手伝ってくれた仲間への日当は昼メシ代だけですが。。

みんなありがとー
(株)キタニさん、とてもとてもお世話になりました(..)
by yagitakuma | 2013-03-10 11:55 | 伊那まち はしば | Comments(0)

たまり場づくり①

移住に向けて賃貸物件を探し始めた昨年末、運命的な出会いがありました。
次の持ち主を探していたのが…
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旧橋場歯科。
昭和ヒトケタの建築で、2年前に医院の移転で使われなくなったそうです。
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レトロな外観、趣ある柱や天井。僕はこれまで、このような古い建物が街作りの拠点施設として生まれ変わった例をたくさん見てきました。
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伊那市のど真ん中で繁華街の端っこの立地。前は川、窓からはアルプス。
この建物ならギャラリー、カフェバー、イベントスペース…なんでも使える。しかも伊那にはそのような施設がまだあまりないんです。

でも不動産を買うということはまったく想定していませんでした。金銭的にも苦しくなる。本来の目標との両立が可能なのか…。
悩みに悩みましたが、結局購入させてもらうことを決めました。
探していたのは住むための賃貸物件のはず?んなもんは屋根と壁さえあればなんとかなる!住みながら改装すればいい!
というノリで。風呂も炊事場もありませんが…。

持ち主さんが「建物を大切に使ってくれる人に譲りたい」という意向をお持ちだったこと。仲介してくれた業者さんがとても親切だったこと。いろんなことが重なっての決断でした。

ここを仲間とともに改装し、若い人や街を思う人たちが集えるような空間にしていきたいと思います。
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このシブイ文字はずっとこのままにしておこう。
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by yagitakuma | 2013-03-09 11:29 | 伊那まち はしば | Comments(1)