アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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南アルプスの風になる。マウンテンバイクライド初体験

伊那の山奥に、風になれる場所がありました!

ご紹介が少し遅くなりましたが…
今月8日。南アルプスに囲まれた伊那市長谷で、マウンテンバイクで山道を走るツアーを開いている名取将さんに誘っていただき、マウンテンバイクライドを初体験してきました。
なまった体にはキツいかな…と思ってましたが、登りはバスを使いライドは下りだけ。
紅葉と白く輝くアルプスに見守られながら山肌を駆け下る爽快感!五感を刺激されて大興奮でした。こんな経験ができる場所が伊那にあるということを自慢したい気分です。


この日は地元の方々を中心に、7人ほどのツアー。

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午前9時、道の駅「南アルプス村長谷」近くの駐車場に集合。レンタルのバイクとヘルメットを手に、ブレーキング等々簡単な講習を受けてバスへ。

ここから20分ほど、近くの鹿嶺高原への林道をクネクネと。

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車窓からは中央アルプス。

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真っ盛りの紅葉のトンネルです!

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ライドのスタート地点は、南アルプスの峰々が目の前にドーンとそびえています。

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左に甲斐駒ヶ岳

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右に仙丈ケ岳!日本じゃないみたい。この景色だけでもお腹いっぱいになる。


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名取さんの後に続いて林業用の道を怖々と下る。ガタガタ道で景色を眺める余裕なし。「視線はルートの先」が基本だそうですが、全身に力が入って…。

でも慣れてくると少しづつ視界が広がって、快晴の空と紅葉と緑のコントラストが。
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休憩のたびに景色に歓声が上がってました。

どんどん下る!

午後からは少し難易度の高いコースへ。
コーナーリングのコツを教わりながら、調子に乗ってスピードを上げて…

1回だけ転倒(><)

とてもとても写真を撮る余裕はなかったけど、一人で走ってたら谷底に落ちそうな場所もありました。それがまたドキドキ感があって、たまらんのです。


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イメージしていたより手軽で、子供から大人まで楽しめる場所でした。
今回は落ち葉のじゅうたんの上を走ることができましたが、新緑の季節も真夏の緑も、四季折々の魅力がありそうです。


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名取さん。
このコースは名取さんが7年前から地権者の許可を得て整備を始めたそうです。軽トラックが入れる林道もあれば、高原への放牧のために牛を連れて歩いていた細い道も。それらを少しづつ、根気よく、仲間とともに手作業でコースとして仕上げておられます。

標高差約1000メートル。7つのコースで全長は30キロ以上!地権者の許可を得た公式に使えるコースとしては国内最大だそうです。

名取さんは「自転車を窓口に長谷をおもしろくしたい」と。これは大きな観光スポットになりそう。参加者が増えすぎると道が荒れて地権者に迷惑をかけてしまうといった悩みもあるそうですが、周辺にはコースにできそうな道が無限にあるはず。また一つ伊那の可能性を感じた一日でした。

狩猟期間が始まったため今シーズンのツアーは終了しましたが、来年にはまた進化したコースでライドを楽しめると思います!

ツアー参加費は7000円から。バイクとヘルメットのレンタルは3000円です。
詳細はホームページ「http://trail-cutter.com/」で!
by yagitakuma | 2013-11-20 10:25 | いいね!伊那市!! | Comments(0)

11日。

今日は11日。東日本大震災から2年と8か月が過ぎました。

僕の店も正式オープンからちょうど1か月。
まだ2回目の「11日」ですが、この日に必ず来てくれる方々がおられます。

「東北を忘れないために、この日は東北に縁のある店で飲むようにしている」と。

被災した蔵のお酒を飲みながら、東北のことを語り合いながら。
ボランティアで現地にも行かれたそうで、飲みながら、涙をこぼしながら、いろんなことをお話ししました。僕も震災翌日から被災地を歩いた当時のことを思い出し、泣けてきて…

今月も来ていただけるかな…と思って用意しておいた、被災蔵のとっておきのお酒を飲んでいただきました。
その中で特に思い入れがあるのが、気仙沼の「船尾灯(ともしび)」。

船尾灯は、震災直後に取材させてもらったお酒です。

飲むたびに、東北を想う。



店が終わった帰り、今年初めて車の窓ガラスが凍りついていました。

被災地のみなさま、どうかご自愛ください。


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●産経新聞2011年4月14日朝刊●

『大津波が襲った宮城県気仙沼市の老舗酒蔵「角星(かくぼし)」で、からくも被害を免れた熟成タンクの日本酒が完成した。「これからもこの地で生きる人たちの希望の光になりたい」。斎藤嘉一郎社長(53)は、復興に向けた第一歩としてこの酒の出荷を決め、酒に「船尾灯(ともしび)」と名付けた。(八木択真)

斎藤さんが生まれ育った港町は、あの日を境に一変した。押し流された貯蔵タンクから漏れた重油で、気仙沼湾は火に包まれ、今も焼けこげた漁船が波に揺れる。港近くの創業地に建つ築80年の蔵づくりの販売所も流され、かろうじて原形をとどめた2階部分だけが、大量のがれきとともに近くに残されていた。

「『天災だ』とあきらめるしかないのは百も承知ですが…。今でも夢を見てるような気がする」。市内では約700人が遺体で発見され、1400人以上が行方不明のままだ。

港から数百メートル離れた同社の醸造所は、寸前まで津波が迫ったが、仕込みタンクの中にあった熟成中のもろみ6千リットルは、奇跡的に無事だった。ただ、繊細な温度管理に必要な電気が途絶え、廃棄処分も覚悟した。だが街が落ちつきを取り戻すにつれて、取引先から出荷を求める声が上がった。

「やれるだけやってみよう」。斎藤さんは建設現場用の発電機を調達し、地震の被害を免れた従業員とともに温度管理を再開。厳しい冷え込みが逆に幸いし、なんとか品質を保った。予定より10日遅れで絞った酒はやや辛口になったが、予想以上の出来だった。

斎藤さんは東京で醸造技術を学んだ大学時代を除き、気仙沼を離れたことがない。約100年 前に曽祖父が創業した蔵を継ぎ、恵まれた海の幸に合う酒を、地元住民のために造り続けてきた。街が苦境に立つ今だからこそ、苦労して造ったこの酒への思い は強い。「これからも、ここで蔵を続けていく礎の酒にしたい。下を向いてばかりはいられない」と力を込める。

酒はできたものの、街の主力の水産加工や造船業が壊滅した気仙沼は、先行きが見えない。仕事や住居を求め、街を出ていく被災者も多い。いったいどれだけの人が街にとどまるのか、不安は募るばかりだ。

斎藤さんは今、電気が途絶えたあの日の夜を思い出す。暗闇の中、そこかしこで動く懐中電灯の光。そこに、絶望と恐怖の中で生き抜く人々のかすかな希望を感じた。「船尾灯」の名には、あの日見た希望の光が重ねられている。

斎藤さんは語る。「ここで生きていくことを選んだ人に、飲んで『明日に向かおう』と思ってもらえたら」。再出発の第一歩を刻む酒は、月末の出荷を目指し、近く瓶詰作業が始まる。』
by yagitakuma | 2013-11-11 23:58 | 伊那まち はしば | Comments(0)

菊の湯。根気強く。

昨日、年末に廃業となる伊那市唯一の銭湯「菊の湯」の今後について話し合う周辺住民と行政との懇談会がありました。僕も関心を持つ一人として参加してきましたので、中身をご報告させていただきます。

出席者は市役所から商工振興部長をはじめ商工・福祉担当の課長ら。地元からは周辺自治会の代表など十数名でした。

「家風呂がない利用者がお風呂難民となってしまう」との問題については、市は「なんとかする」と断言しました。具体的な方法としては、
・周辺の旅館やホテルなど入浴施設がある民間施設に協力を求める
・協力が得られなかった場合は、数キロ離れた「みはらしの湯」などへの送迎を考える
とのことでした。
今のところ周辺の旅館やホテルのほとんどが「協力できない」との意向を示しているとのことで、送迎バスを運行することになる可能性が高そうです。

市によると、県内の市町村のうち銭湯があるのは12自治体で、過去に銭湯が廃業した自治体では行政が関与せずに利用者が個々に解決したようです。家風呂の普及が進み、全国的に銭湯が激減する中で、今回の市の動きは「かなり親切だな」と感じます。

ほかに「地域のコミュニティー維持や高齢者福祉の観点から銭湯が必要なのではないか」との問題提起もありましたが、全体的に司会以外は参加者からの発言はほとんどなく、市側の見解を聞くだけで議論にはなりませんでした。

僕は「菊の湯の建物が将来、伊那市が滞在型観光地として売り出す際の財産になる」との思いから、地元の方々の活動に関心を持ってきました。でも、建物については、住居としても使っておられる所有者の方が「そのまま静かに住み続けたい」との意向をお持ちで、誰かが借りて活用することは今のところ難しそうです。

僕が思い描いていた「ゲストハウスを中心とした施設として活用する」というプランは、建築基準法に基づく用途変更申請の際に宿泊施設に求められる「3階建て以上の建物は全体が耐火構造であること」など様々な条件があり、ほぼ断念せざるを得ない状況です…。

でも、建物を活用させてもらうことをあきらめたわけではありません。取り壊されることがない限り、時間をかけて、根気強くやっていこうと思います。

関心を持っていただいてありがとうございます(..)
引き続き、知恵を与えて下さい!どうぞよろしくお願いします。
by yagitakuma | 2013-11-02 16:33 | いいね!伊那市!! | Comments(2)