アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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抜本改革が急務だけど、ほぼボランティアの組織では酷な話かも…。みんな知ってる?自治組織の現状

都会の集合住宅に住んでる方は知らないと思うけど、全国津々浦々、人が住むところには住民の自治組織があります。呼び方は「自治会」だったり「町内会」だったり「区」だったりとさまざまですが、自治体との橋渡しや住環境の整備等、さまざまな役割を担っています。

若い世代はあまり意識していませんが、回覧板は勝手に回ってくるわけではありません。切れた街灯の電球も、行政が勝手に巡回して交換してくれるわけではありません。

住民が納める自治会費・区費で運営しているため、「税金の二重取りだ」「飲み会に使ってるだけでは?」ととかく批判もあります。でも、議員になって自治組織の運営形態を知るようになり、「文句を言う前に、まずは関わってみよう」との思いが強くなりました。
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今日は伊那市ど真ん中の自治組織、坂下区の区民総会でした。
2年半前に「はしば」を坂下区に開業し、昨年末からは引っ越して坂下区の住民になりました。生まれて初めての自治組織の総会に参加。「社会って、人知れず誰かが汗をかいてるんだなー」と感じる場でした。

ただ、ここでも平均年齢の圧倒的な高さ……

総会は、区民が区の役員が提案する議案を議論する場です。
議題は来年度予算の決定や、行事や対行政交渉などの年間スケジュールの決定など。
「ガンガン意見を言おう!!」と意気込んで参加したものの、ほぼ何も言えませんでした…
その理由は後述。

「伊那市の歌舞伎町」と僕が勝手に思っている坂下区は、市内の自治組織きっての「金持ち区」。繁華街に区営の駐車場を持っており、年間1000万円以上の収益となっているからです。
一方、ドーナツ化によって高齢化率は市内で最も高い42.5%(!!)。この数字って、そこいらの過疎地より高いレベルで、「高齢化率50%」が定義の限界集落並の数字にいずれ達するであろう数字です。

だからこそ、この日は「区として何ができるのか」という話をしよう!!と思って参加したんですが、ほぼ何も言えませんでした。

その理由。
区の役員の負担が大きすぎる。
みなさん、ほぼボランティアなんです。
誰かがやらないと仕方ないから、受けている役目。


自治組織の役員の大変さは、以前にも触れました。
「行政も、地区や自治会も、スクラップ&ビルドが急務!!」↓
http://yagitakuma.exblog.jp/25015198/

今回の総会での議案を聞いていると、区としての事業計画が地方の厳しい現状に対処できるものではないことは役員の方々も誰もが認めることだと思います。前例踏襲の色が濃い。「これって、意味あるの??」と思うことがたくさんあると思います。

でも、役員が一年で交代するシステムで、しかもほぼボランティア。前例踏襲になるのは当たり前ですよね。「マレットゴルフ大会」や「敬老会」といった区のメーン行事に参加すると、その準備の大変さだけで相当なものだということがわかります。

変革するのって、大変ですから。

自治体の財政が苦しくなる中で、自治組織の役割は今後どんどん重要になってくることは間違いない。自治組織が機能するかどうかで、地域の活力や住みやすさが左右される時代になるでしょう。前例踏襲では生き残れない。

自治組織の今後の方向性としては、いろんな道が考えられると思います。
・区の運営とは別に、地区の将来像を議論する任意の組織を作る
・住民がお金を出し合って、実働部隊となる職員を雇用する
・自治組織をなくしてしまって、行政に全部任せてしまう
どれもメリットデメリットがあります。

伊那市の中では比較的「都会」で、小規模ゆえにまとまりが良い坂下区は、他の地区より柔軟だと思いますが、そんな坂下区でも問題だらけ。

みなさんの地域では、どうなんでしょう??
by yagitakuma | 2016-02-28 23:28 | 八木たくまの伊那市議日記 | Comments(0)

人口減問題を議論するなら、地方は高校生世代と向き合うべきではないか。

3月議会の準備やその他もろもろの仕事でかなり追い込まれていながらも、どこか力が出ない日々でしたが、再び火がつきました。

昨日は3月5日に予定されている街づくり講演会の実行委員会の準備会合で、地元の高校生たちと話す機会に恵まれました。講演会の場で、高校生など若い世代を交えて地域の将来像を考える意見交換会をしよう!!という企画のためです。
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この講演会の告知はあらためていたしますが、今日は高校生たちから「ガツン」と殴られたような衝撃を受けた話を。

話の流れで、高校生たちの将来像を聞かせてもらうことができました。
「アナウンサーになって、都会から伊那谷の魅力を発信したい」
「伊那で公共交通の会社を立ち上げて、ルートを再構築したい」
「大人たちが残す社会問題を、私たちは関心を持たずにいられるのか」
……。


いやーびっくりしました。
僕がこの年代の頃は、スケベなことしか考えてなかったような…。
こんなに真剣で、無垢なのか。

負けじと僕たち実行委員会の大人メンバーも、それぞれが思いを語りました。
僕も、大阪生まれで伊那に移住した経験から、都会の問題点と伊那谷のポテンシャル、多様な価値観・人生観で地方が元気になることが大切なんだ、という思いを久々にアツくなって語ってしまいました。

みんな、目が輝いてた。

よく考えたら、高校生くらいまでは、「大人の思い」を聞く機会って、ほとんどなかったですよね。親か学校の先生くらいかな。上から目線ではなく、十代の率直な夢や思いを聞いてくれる大人って、いましたか??思い返すと、対等な立場で、地域への思いを語ってくれる大人って、いましたか???

今回、高校生の思いを聞いて、その真剣さにすごく驚いたし「抱きしめてしまいたい」くらいの気持ちになりました。そして、高校生世代が必要と思っていることについて、ものすごく勉強になった。こんな場を、継続的に作るべきだと感じました。

最後に衝撃を受けた言葉。

「政治は僕たち世代のことを、もう少し見てほしい」

政治は、未来を模索するこの子たちと向き合っているのだろうか。

「若者の定着」だとか「Uターン推進」だとか言うなら、メーンターゲットはこれから「都会か地元か」の進路を選択するこの世代のはずなのに。

ガツンと殴られたような衝撃を受けました。

大人の世界はきれいなことばかりではない。
でも、この子たちの思いはあまりにも純粋です。
僕たちは、この世代のために必死になるべきじゃないか。地域への思いを持ってくれているこの子たちのために。

この集まりは、アツい。ずっと関わっていきたい。

とり急ぎ、3月5日の講演会のチラシを添付しておきます!!詳細はまたあらためて。
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by yagitakuma | 2016-02-27 23:57 | 八木たくまの伊那市議日記 | Comments(0)

若手事件記者へ。追い続けてほしい。名もなき死の影にあるものを。八木家が犯罪被害者に⑧

僕は生まれ変わっても、もう一度新聞記者になるかもなーと思っていました。
違う道に進むことを選んだものの、9年間の記者時代はとても充実していました。

ほとんどが事件担当で、数えきれないほどの事件原稿を書いてきました。
今回、初めて遺族側の立場となり、家族が何を思い、犠牲となった姉がどのように生きたかを、この場で発信してきました。
この事件の理不尽さを世に問うてくれる人が、ほかにいなかったから。

今回の姉の事件は、各紙ともいわゆる「ベタ記事」だったと思います。紙面の下の方に一段だけのボリュームで載る短い記事です。淡々と事件の内容を伝えるだけ。毎日多くの事件・事故が発生する中で、世間の目を引く事案でなければ、今回のような事件はその程度の扱いです。一部民放がお昼の全国ニュースで流してくれたようですが、それは官公庁や企業が休みの土曜日で、他にニュースがなかったからでしょう。

警察から事件発生を知らせる広報文が流れてきて、
「デスク、ひき逃げです」
「被害者は?有名人?」
「いえ、38歳の女性です」
「死んでる?」
「いえ、重体です」
「なら電話取材でいいわ」

となる。僕自身も記者時代、同じように人の生き死にを「処理」していました。
人の命に軽重はなくても、記事のバリューとしては軽重が生じる。

限りある紙面、限りある人員のなかで、仕方ないことです。でも、一度被害者の立場を経験してしまうと、「もう事件記者はできないな」、と思いました。
いや、今だけかな??

事件記者にとって、最も辛い仕事は被害者取材です。若手記者が必ず通る道で、被害者取材ができなければ、間違いなくマトモな記者には育たない。

なぜ辛い仕事なのか。それは、「身内が死んだ家族に取材に押しかけるのが申し訳ない」という心理があるから。それなのに、上司からは「人となりを取ってこい」「ガンクビ取ってこい」と冷酷な指示が降ってくる。ガンクビとは、亡くなった被害者の顔写真のことです。

被害者宅を訪ねても、追い返されることもしばしば。なかにはインターホンを押すふりをして「不在でした」と報告して帰ってしまう気の弱い記者も少なくない。そんな記者は、間違いなく大成しませんが。

そんな弱気な記者たちに伝えたい。
「伝えてほしい」と思っている遺族もいるんだ、ということを。
事件の理不尽さを。
遺族の悲しみを。
断ち切られた生き様を。


特異な事件でなければ、大きなニュースにはならないかもしれない。でも、大きく報道されることのない「名もなき死」の影に、社会の喜びや悲しみが詰まっている。それを伝えるのが、記者として最も尊い仕事なのではないか、とあらためて感じています。

発生時の原稿に盛り込む余裕はなくとも、起訴、初公判、判決…いくらでもタイミングはある。
記者クラブでダベって仕事した気になっている時間があるなら、居酒屋で会社の愚痴をこぼしている時間があるなら、名もなき死の被害者遺族を訪ねてみてほしい。

それが、記者としての足腰を強くしてくれるはずです。

最近は、人の息づかいが感じられる記事が、どんどん減ってしまっている気がします。
紙媒体の斜陽化で人員が減らされ、余裕がなくなっていることも一因でしょう。

でも、社会の喜怒哀楽を、自分の足で捉える取材を、忘れないでほしい。
元記者で、名もなき死の遺族となった僕からの、若手記者への願いです。

明日からは、通常の伊那日記に戻ります。
by yagitakuma | 2016-02-24 23:49 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

社会復帰の月曜日。長姉の悲嘆、弟も友人も……八木家が犯罪被害者に⑦

今日は、来週始まる3月議会に向けた来年度予算案の説明会でした。
そのご報告を…と思っていましたが、それは明日に。

猛然と日中の予定をこなして早めに終わらせ、じっとしてられなくて松本まで車を飛ばして予定外の訪問を終えて、帰ってきたのが午後10時。それから電池が切れたみたいにストーブの前でマンガを手にボーっとしてしまった。 

犠牲となった伊世に関する諸々の解約手続きについてメールをくれていた上の姉に、返信。

忙しくしてると気にならんけど、ふと時間が空くとガクッとなるな

日常に戻った上の姉も、状態は僕と同じみたい。悲嘆、悄然。

上の姉の会社でも、みなさん心配してくださっていたようです。僕も今日、会う方みなさんが心配してくださって。

上の姉のメールの文末は、「身体無理せんと、休ませや。こちらも会社でみんなそう気遣ってくれてます。心に伊世はおるから!!」と。

ただの愚痴になってしまいましたが、これも記録と思って。おそらく同じ境遇に遭った方は皆が経験する心境なのかな。

ご友人からも、哀悼のメッセージをいただいています。今日はこんな時間になってしまったので、明日にはご返信します。

捜査のため警察署にあった伊世の携帯電話が、返ってきました。とりあえず僕の手元に。
伊世の親友からメールが来てた。

もう天国に着いたかな?寂しいよ、会いたいよ

また号泣してしまった。

そして、毎朝10時に鳴る目覚まし。
夜遅い仕事だったから、こんな時間に起きて準備してたんやね。
これからも充電し続けて、たとえ朝まで飲んでも10時には起きるようにします。

事情が伝わっていないご友人から、「約束してた予定、どうしよう?返信なくて心配してます」とのメールも来た。

伝えないと。辛いなー
by yagitakuma | 2016-02-22 23:57 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

愛され、生きた。ようやく埋まった思い出の空白。八木家が犯罪被害者に⑥

通り魔のようなひき逃げ事件の犠牲となった僕の姉、八木伊世。
姉の職場だったスポニチの今日の紙面の記者コラムに、姉へのメッセージが。
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昨日、家族を代表してスポニチ編集局にご挨拶にうかがいました。
職場の皆さんには、本当に支えていただきました。お見舞いに来て励ましてくださったり、葬儀の際も様々なお気遣いをいただきました。

姉は、本当に大切にしてもらってたようです。

「仕事ができるだけじゃない。気遣いがすごい」
「お茶目で、天然だけど、ややこしい仕事も全部任せられる」
「控えめだけど、芯が強い」
「八木さんを忘れたくない」
……。

お世辞ではなく、アルバイトの方々をまとめてかなり重要な役割を担っていたようです。
いろんなエピソードを教えてもらい、生前の姉の輪郭が浮かび上がってきました。

ずっと感じていた「なぜアルバイトだったのか」という疑問も、ようやく理解できました。

姉は、八木家のスターでした。
小中学校時代は、勉強も運動も、何をやっても一番で、高校卒業後は京都府立大の農学部へ。同じ農学部卒でもドロップアウト組で卒論すら書かずに出た僕とは違い、大学院まで出て地元の食品会社に就職。でも、10年勤めて退社。そこまではオカンから経緯を聞いていました。
その後猛烈に就職活動に取り組んでいましたが、なぜ安定した職をなげうったのか、次のステージとして何を目指していたのかについては、家族は誰も知りませんでした。

姉は、報道の現場、記者を目指していたそうです。
幼なじみの友人にだけ、語っていた夢でした。


八木家は、父も僕も記者でした。
その友人が、「お父さんの影響?」と聞くと、「それもちょっとあるし、弟もやってるから。昔からなりたいと思ってた」と。

まったく知りませんでした。弟に相談するようなタイプじゃないのは、重々わかってましたが…。上の姉によると、よく産経の紙面から僕が書いた記事を真っ先に見つけて、オカンに教えてあげてたそうです。
うーん…。
……。

「ダメ元でも、チャレンジしてみたい」と語っていたそうですが、猛烈な就活も厳しい結果だったようで、その後スポニチの編集補助スタッフに応募。個性派ぞろいのレース部の中で、心優しい性格と適格な仕事ぶり、アルバイトをまとめるリーダーとして、皆さんに可愛がってもらっていたようです。

幼いころから愚痴や悪口を言わず、断らない性格。部数が伸び悩む新聞業界で、人数が減って大変な中、上司によると「率先してしんどい勤務をこなしてくれた」。これだけ大切にしてもらえるほど頑張ったのは、本人の性格もあると思います。でも、生前に幼なじみの友人に話していた言葉で、なぜそこまで頑張ったのかがわかりました。

「記者になりたかったから、その現場にたずさわってるのがすごく楽しい」と。

上司の方にじっくりお話を聞かせてもらい、この春からはまた就活を再開する予定だったこともわかりました。事件は、その矢先でした。
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職場の方にいただいた写真。左端の後ろが、姉です。楽しそうだ。

いろんな方から、哀悼のメッセージとともに写真をたくさん送っていただきました。
どれもこれも、控えめな場所で、ほんわかと笑ってる。

僕が実家を離れて以降、僕の中で空白だった姉の人生が、ようやく形を帯びてきました。
友人や職場の方々から話を聞けば聞くほど、無念さがこみ上げてくる。でも、いろんな人たちに大切にしていただいて、姉は本当に幸せだったんだな、とも思います。

本人に代わり、心から感謝申し上げます。
そして、弟の思い出の空白を埋めるためにご協力いただき、本当にありがとうございました。


今日、伊那に戻ってきました。
ひと段落です。
月末に始まる3月議会の準備や、遅れてしまっているその他諸々の仕事のために、明日からバリバリ働きます!!!
by yagitakuma | 2016-02-20 23:56 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

行ってしまった。悲しみは怒りに変わるのかな…。八木家が犯罪被害者に⑤

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行ってしまった。
もうすぐ灰になる。
この世の不幸も災いも、全部背負って行ってくれたと信じたい。
50年分くらい泣いたなー。
僕にできることは、伊世の分まで精一杯生きること。

みなさんも、どうか悔いのないように生きてください。

伊世のことを祈り、語る時間は過ぎましたが、不思議と怒りはまだ湧いてこない。
なぜだろう?担当の刑事さんにも、「ブチのめしたいでしょう‥」と言われましたが、そうでもない。記者時代に数えきれないほど事件を取材してきたから、第三者的な目線で見るクセがついてしまってるのかな?

来週には、検察官による被害者遺族への聴取があります。被害者の人となりや遺族の思いを伝え、犯した罪の重さにふさわしい刑罰を科すためです。
それに向けて、考えをまとめなければ。伊世の人柄や、奪われてしまった将来像など、考えていたことを知るためにご友人の方々にご協力いただくことと思います。

さて。
逮捕されたのは、川崎愛容疑者(37)。住所は堺市南区稲葉。自宅は家賃7万数千円の新築2LDK物件で、報道によると無職で一人暮らし。いったいどんな人物なのか。

自転車で信号待ちをしていたところを、後ろからはね飛ばしてそのまま走り去っている。伊世に何の落ち度もない。前方からだったら、まだ頭をかばったりすることもできたはずなのに…

逮捕時の供述は、「電柱のような硬いものに当たったが、人とは思わなかった」。容疑は自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(ひき逃げ)なので、「人とは思わなかった」ということは完全に否認です。過失致死とひき逃げは、人に対する罪なので。

現場は、見通しの良い直線道路の交差点です。「電柱」に当たったような衝撃なら、普通はいったん車を止めますよね。しかも、自転車や車の状況から、はねられた身体がいったんボンネットに乗り上げた可能性もあります。それなのに、「人とは思わなかった」??

事故は誰しも起こしうる。人をはねたら逃げたくなることもあるでしょう。だから、そんなに怒りはなかったんです。「正直に話して、自分が起こしたことの重大性を理解してくれたらそれでいい」って。
でも、今日の時点で供述は変わっていません。

法律上は「自動車運転処罰法」だとか「道交法」の違反ですが、被害者に何の落ち度もない今回の事件は、「通り魔殺人」に等しい。
あなたがはねて殺したのは、電柱なんかじゃない。
みんなに愛されながらも、38歳で人生を断ち切られた生身の人間だ。
そして、その周囲には、悔やんでも悔やみきれない家族や友人が大勢いるんです。

誰か、そのことを本人にわからせてやってほしい。
そうしないと、またこんな悲劇が繰り返される。

あ、そうだ。ご友人の方々、伊世の写真があったら僕たち家族にいただけないでしょうか??あまり写真が好きでなかったらしく、長姉も母もあまり持ってないんです。
takuma.yagi.ina@gmail.com
までデータを送っていただけると幸いです。
よろしくお願いします!!

追記。
昨晩は長姉と二人で語り合いました。
伊世の携帯のメアドが「yagithree@」であることに気付き、「俺たち3人きょうだいのことか…」と泣いてたら、阪神の代打の神様・八木裕の背番号「3」でした。
どんだけトラキチやねん…。泣いて損した(笑)
by yagitakuma | 2016-02-18 17:41 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

心からの感謝と後悔と、少しの笑いと。八木家が犯罪被害者に④

昨日、僕の姉、八木伊世が旅立ちました。

気遣い、励ましてくださった皆様、本当に支えになりました。言葉にならないほど感謝しています。僕たち家族に最後の時間を与えてくれた医師とスタッフの皆様、ありがとうございました。

たとえ何か月かかっても、朗報をお届けできると信じたかった。伊世も頑張ってくれたと思います。苦しかったと思います。無念だと思います。

「容体急変」の連絡は、午後3時。直後に予定していた街づくりの打合せをキャンセルし、大阪へと急ぎました。
集中治療室に飛び込むと、伊世がいた部屋は空っぽ。

「あれ、八木伊世は…」
「ケンシに行かれました」
「検診か。どこです??」
「検死です。連絡なかったですか?」


間に合いませんでした。
高速を飛ばす僕を気遣って、連絡を控えてくれたようです。
病院の地下出入口へと走り、警察車両に乗せられる直前の伊世に、かろうじて対面できました。
まだ温かかった。

警察署で引き取りの手続きをし、葬儀場を手配し、伊世の衣服や棺に納める品々を実家に取りに行き、メモリアルホールへ。

オカンを自宅で休ませ、眠る伊世の前で、父と長姉と朝まで語り合いました。

「男は社会に尽くせばいい」が口癖で、家のことには関心が薄かった父。
キュートだけど、人の心を読むことが極端に苦手な母(たぶんADHDです)。
そんな八木家。
両親を誇りに思い、感謝しながらも、僕たち3人きょうだいは苦労もしました。

父の単身赴任、長姉と僕の大学進学で、約20年前から一家は3カ所に分かれて暮らしてきました。それ以降、家族で集まる機会はほとんどありませんでした。

泣きながら伊世の思い出話をした昨晩、父の僕たちへの思いを聞き、僕たちの親への思いもぶつけました。誤解もあったし、会わずとも想ってくれていたことも実感できました。こんな機会を、伊世が生きているうちに作るべきだった。それだけが、悔やまれてなりません。

でも、ずっと集う機会を持つことができなかった一家が今回、こんな形ではあるけど集まり、濃密な時間を過ごせたこと。生還へのかすかな希望を胸に、「長期戦になっても、頑張りぬこう!!!」と一致団結したあの瞬間の記憶は、僕の心の支えとして一生残ると思います。

伊世の旅立ちは、家族だけで見送ることにしました。あの美しかった伊世の顔。亡骸となった今はあまりにも痛々しく、皆さんに会っていただくのが伊世も辛かろう、という結論になりました。伊世を大切に思ってくれた方々に最後の別れの時間を作ることができず、申し訳ありません。

辛い中で、少しの笑いもありました。

深夜の警察署の一室で葬儀場に電話し、「八木伊世」の名前を伝える父。

「漢字は、八に木で、イタリアの伊、「君が代」の代で
「ちゃうやろー!!」
「世界の世!!!」
「自分がつけた名前ちゃうんかい!!!」


総ツッコミが入る、大阪の一家。
デコボコした八木家らしいなーと、なんだか救われる記憶になりそうです。

本当に、ありがとうございました。
これから捜査が進み、八木家の闘いは次の段階に移ります。
また、ご報告します。
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by yagitakuma | 2016-02-17 14:25 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

姉ちゃんの名誉のために伝えたい。八木家が犯罪被害者に③

八木家が巻き込まれた堺市西区のひき逃げ事件。
昨晩の伊那市高遠での意見交換会の際、議長が「ニュース見たよ。お気の毒に…」と声をかけてくださいました。みなさん心配してくださり、感謝感謝です。

事件後、新聞もニュースも目にする余裕がありませんでしたが、気になってネットで検索してしまった。当事者がネット情報を見ても、凹むだけなのは記者時代からよくわかっていたんですが。

検索すると、ニュースサイトのほかに、事件のことを取り上げた個人ブログらしきのもチラホラ。その中に、「こんな時間に何をしていたのか」というニュアンスのくだりが…。

そっか、そんな風に感じる人もいるのか。
たしかに事件発生時間は午前1時すぎ。
姉・八木伊世の人柄を知っている僕たちは、何の違和感もなかったんですが。

伊世は、大阪・梅田の毎日新聞本社社屋内にあるスポーツニッポン編集局で、編集補助の仕事をしているんです。終わるのは深夜で、終電になることもよくあったみたい。事件は、その帰りの出来事でした。

実は、僕は伊世のことをあまり知らなかった。僕と伊世は大きくなってから、まったくといっていいほどお互いに会話をしてこなかった。仲が悪いわけではなく、心の中ではつながっていましたが。

一つ違いで、小学生までは家族の中で最も多くの時間を過ごしました。壮絶なケンカもよくしたけど、よく遊びもした。「お人形」や「シルバニアファミリー」で遊ばされたのは、忘れたい過去ですが。

伊世は、勉強もスポーツも学年で一番で、しかも背も高く美人で、僕なんかは先生から「伊世ちゃんの弟」という名前で呼ばれてた(笑)。子供心に、自慢の姉でした。当時は。

高校を出て実家を出てからは、まったく会話も連絡も取らなくなりました。だから、それ以降のお互いのことを何も知らない。

今回、たくさんのご友人や職場の方々が伊世のお見舞いに来てくれて、わかりました。「こんなに愛されてたんだ」って。

「頑張り屋ですごくいい子で、職場で“天使”って呼ばれてた」「一歩下がって、気遣いする人で」「優しくて、繊細で」……

いまは皆さんからの話をうかがって、空白だったパズルに、一つひとつピースをはめこんでいく感覚です。
はやく、直接話がしたい。
by yagitakuma | 2016-02-16 15:20 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

1人500円しか使ってくれない団体客は、もういらない??高遠城址公園さくら祭りを考える

心を無理やり切り替えて、少しだけ議員日記に戻ります。

またまた高速を飛ばして、伊那市高遠総合支所へ。
到着したらマイナス2℃。大阪との気温差がハンパない…
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今晩は、伊那市議会経済建設委員会と、高遠城址公園さくら祭りの関係者との初の意見交換会でした。高遠さくら祭りは、伊那市で最も観光客が訪れるビッグコンテンツ。でも、なかなかうまくいっていないことを受けて、今回の会となりました。委員長や議会事務局からは「お姉さんの対応に専心して」と言っていただいてましたが、僕もたびたび議会で取り上げてきたテーマだけに、どうしても出席したくて。

「うまくいってない」という意味は、要は「儲かってない」ということに尽きます。
ピークの平成8年で約40万人、激減した昨年でも約16万人が訪れていますが、来る人が全然お金を使ってくれないイベントになってしまっているんです。費用対効果がどうしようもなく悪い。

昨年の収益は、入園料や駐車場収入などで8688万円。対して公園管理やシャトルバス運行委託料など支出は1億400万円。1700万円の赤字……。
これってもはや、「やる意味あるの??」のレベルです。


原因は、来てくれた人がお金を使いたくなる魅力的なコンテンツが少なすぎることがかねてから指摘されています。この期間に高遠城址を訪れる観光客1人あたりの消費金額の平均は、個人旅行客が約700円、団体ツアー客にいたっては、なんと500円!!500円って、要は入園料分しか使ってくれてない。団体客は、弁当やお土産もツアー会社が用意することがほとんどで、どこにもお金を落としてくれない。

なぜ長年こうなっているか。この日用意された資料に端的に表れています。
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メーンの資料は、有料入園者数の推移の棒グラフ…。
問題はここにある。入園者数の増減に一喜一憂して、「どれだけお金を使ってくれたか」「地域への経済効果がどれだけあるか」という視点が、長らく抜け落ちていた証拠ではないでしょうか。

近年、市もようやく「人数より使ってくれたお金の多寡」という視点に変わってきています。お金を使ってくれるようにするためには、魅力的な食・お土産・イベント等が必要ですが、観桜期の公園内は昔ながらの屋台がほとんどを占めており、大胆な改革ができていないんです。もったいない…

この日もいろんなアイデアが飛び交いましたが、肝心の「誰が決断して交渉して実行するのか」という点が見えないまま終わってしまいました。全体を総合的にプロデュースする部署・人を早急に作る必要があります。

本気を出せば、山フェスや朝マルシェなど、すでに民間が取り組んでいる伊那谷らしいイベントを展開して訪れる人に喜んでもらうことはそれほど難しくないはずなんですが。意欲ある人たちに集まってもらって、全体企画のワークショップを開催するのも効果的です。

要は、本気度。
個人的には、企画を丸ごと民間に委ねてもいいような気がします。
地域の魅力の発信の場になって、加えてかなりのお金が落ちるようにできるはずなのに。
この件は、引き続き継続的に取り上げていきたいと思います。

今日はさすがにくたびれました。
寝ます。
大阪に向かって念を送りながら。
「負けるな!!!」
by yagitakuma | 2016-02-16 01:45 | 八木たくまの伊那市議日記 | Comments(0)

絶望から希望へ。八木家が犯罪被害者に②

姉が被害者となった堺市西区の重体ひき逃げ事件。

昨晩はこれまで生きてきた中で最も辛い夜でした。
でも、今日は希望も見えてきました。

今後同じような被害や事故に遭われた方々の参考になればと、両親+3人きょうだいの八木家の闘いを記録しようと思います。

発生から2日目の昨日は丸一日、カルテを手に病院から病院へと大阪を走り回っていました。主治医以外の他病院の医師に、「他に治療方法がないのか」を聞く、いわゆる「セカンドオピニオン」のためです。

姉が入院している堺市立総合医療センターは、高度救急医療を担う「3次救急」に指定されており、ハイレベルであることは理解しています。でも、主治医の説明は「厳しい」。到底受け入れられず、わらをもすがる思いで、「他の病院をあたってみよう」となったんです。

でも、病院も休日態勢の週末。土曜の夜から動き始めましたが、「夜間は無理」「休日は無理」と断られ続け、昼過ぎになってようやく近大付属病院で専門医に相談することができました。

ひき逃げであることを伝えると、先生は心から寄り添うように「本当に無念でしょう…」と。その瞬間、それまでこらえてきた感情があふれて…。そのあと、丁寧に、丁寧に、姉の現状を説明してくれました。でも、やはり「厳しい」との見解。

絶望でした。涙を振り払いながら姉の病院まで戻りました。もう、あきらめようかと思いました。でも、それを家族に説明することもできない。翌日もう一回だけ別の病院をあたることを決め、付き添いは上の姉に任せ、心に抱え込んだまま一人で車の中で寝ようとしました。
寝れるわけがない。悪い事態のことが、追い払っても追い払っても脳裏に浮かび、涙が止まらない。
長い夜でした。

朝イチ、最後の望みを託した脳神経外科病院で、この分野で著名な理事長医師の説明を聞き、かすかな希望が。「まだ若い。回復の可能性はある。今の病院と主治医を信じて任せて、回復の兆しが見えてきたらまた相談に来てください」と。

可能性があるなら、希望があるなら、人は強く頑張れるもんなんですね。急いで病院に戻り、家族4人集まってこのことを伝え、「長期戦になるけど、頑張り抜こう!!」と心を一つに。

いつか、これを読んでくださる同じような境遇に見舞われたご家族に伝えたいこと。
「あきらめず、納得できるまで、何度でもセカンドオピニオンを」ということです
医師によっては、可能性を口にしてくれる方もいるかもしれません。希望があれば、家族は頑張れます。そして、家族の頑張りは本人にも必ず伝わるはずです。数日や数週間で、奇跡をあきらめるべきではない、と思います。

泣いてばかりの2日間でした。皆さんからの数々のメッセージをみて、また泣いて泣いて。でも、今は前を向いています。

これから、いったん伊那に戻ります。夜の経済建設委員会の意見交換会に出席して、また明日姉の元へ走ります。

励ましの言葉、本当に本当にありがとうございました。
頑張ります!!!

by yagitakuma | 2016-02-15 15:24 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(1)