アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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これまでの34年間

まずは自己紹介を。

昭和53年12月、大阪府堺市生まれ。
府立泉陽高校卒。卒業生には沢口靖子さん、与謝野晶子(旧女学校時代)、橋田壽賀子さんがおられます。
平成9年に信州大学農学部に入学。
平成16年、産経新聞社に入社。
以降姫路支局を皮切りに、鳥取支局(計約4年間)、大阪社会部(4年間)、和歌山支局(約1年半)。平成25年3月末に退社予定です。現在有給中ですスミマセン。。

先に記者時代を振り返ると…
ほとんどがサツ回り(事件担当)でした。初任地の姫路周辺では当時、なぜか大きな事件(人が亡くなるような)が頻繁にありました。相生市で若い女性2人のバラバラ殺人があったり、赤穂市の職員が同じ職場の妻を殺したり、たつの市で街の有力者が殺されたり、姫路市で野宿生活の男性が少年らの火炎瓶の犠牲になったり…。

きっと地元住民や関係者以外には忘れ去られているでしょう。昨日のことのように思い出す。

事件があるたびに現場周辺を聞き込みで回り、警察幹部や刑事さんへの夜討ち朝駆け…。まだヒヨッコだったので、当時の仕事が世のためになったかどうかは今でもわからない。かつては花形のように思われていた事件取材でしたが、決して胸を張れるものばかりではありません。遺族の心の傷に塩を塗るようなこともある。世に出るのは上っ面だけで本当のことが記事にできないこともある。怒鳴られたりひんしゅくを買ったり…
それでも、時にわけもわからず走り回り、時にグッとこらえて清濁併せのむ。それがブンヤの基本です。確実に現在まで続く自分の基礎になってます。 

鳥取時代は事件もなく、のんびりとしたものでした。でも何もなさ過ぎて何をしてよいかわからなくなった時期でもありました。印象に残っているのは自民党が大敗した参院選くらいでしょうか(石破さんがとても魅力的だった)。
ちょうど経営合理化のあおりで支局の人員が減らされた時期でもあり、半年ほどで大阪社会部に異動になりました。

大阪時代は本当にいろんな現場を経験しました。長くなるのでまたボチボチと。備忘録として。

あ、支局時代にひとつだけ自慢できることが。
僕の記事で、アスファルトから顔を出したダイコンに「ど根性大根」という名が付きました。名付け親です。その後の「ど根性植物」ブームは今思い出しても笑える。
しかもロイターの駐日記者が「ザ・ラディッシュ・オブ・ファイティングスピリット 『DOKONJYO』」と世界に配信してくれました!
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当時のmyスクラップ。なつかしい…
路上に寝転がって写真を撮ったことを思い出しました。 
# by yagitakuma | 2013-03-06 12:28 | 自己紹介 | Comments(0)

始動

約9年間の新聞記者生活を卒業し、大学時代から就職までの7年間を過ごした長野県伊那市に移住しました。現在34歳。新たなチャレンジの場は、中央アルプスと南アルプスをつなぐ美しい街。仲間とともに地域の魅力を磨き、全国の元気な地方都市と連携できるような街づくりができればと思っています。
伊那のみなさま、どうぞよろしくお願いします。これまでに貴重な出会いをいただいた全国のみなさま、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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伊那市を見渡す権兵衛峠のふもとからの風景です。左のギザギザの稜線は南アルプスの甲斐駒ヶ岳(2967m)、右にドーンとそびえるのが仙丈ヶ岳(3032m)です。移住初日は雲ひとつない青空が広がっていました。
この景色だけでいい。ほかに何もいらないと思う。
でも住み続けると存在があたり前になるんでしょうね(笑)。
この美しい自然のほかにも、地元の人たちが語り尽くせないほどの魅力がある街に。
走り続けてみます。
# by yagitakuma | 2013-03-05 10:35 | 始動 | Comments(0)