アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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僕の原点とこれからのこと②

記者時代は事件、災害、街づくり、地方自治を主に取材し、それぞれの現場でこの国の現状への危機感を強く感じてきました。その中で僕の今後に深く関係してくる「地方」の問題について、考えをお伝えしたいと思います。

日本人の底力は、農業をはじめとする第一次産業の歴史にあると思っています。例えば農業の現場では、限られた土地で田畑を作るために先人たちが力を合わせ、急峻な国土を気の遠くなるような時間と労力をかけて平坦にしてきた。さらに、稲作は田植えや畦の草刈りなどで地域の支えあいが不可欠です。東日本大震災の際に秩序を保った被災者の行動にあらわれたように、欧米に比べて「公」の意識が強い風土は、このような歴史からはぐくまれたといっても過言ではないでしょう。でも戦後の高度成長期以降、地方から都会へと一気に人が流れた。精神面を含めてこの国を支えてきた地方の活力の低下は今、危機的な状況です。
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地方分権が叫ばれるようになっても、いまだに国の制度に地方がぶら下がっている構図が続いています。記者時代に各地で国の補助で作られた無駄な箱モノを目にし、多種多様な問題を抱えた全国の地方の現状を、東京の中央省庁が設計する全国一律の制度で解決することが困難であることを強く実感しました。
産業分野では、伊那も含めて企業誘致に取り組んでいる地方都市が多い。雇用確保のために当然必要なことですが、そこに力を注ぎすぎるのは危険です。三重県亀山市では絶大な経済効果をもたらしたシャープのアクオス工場が大幅に縮小し、現在では極度の景気低迷に苦しんでいる。
国に制度設計を頼ることや、都会に本社がある大企業に地域経済をゆだねるという考えを転換する必要があります。
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ならば今何が必要なのか。それは「地域の魅力を磨き、自立したしたたかな地方都市をつくる」ということではないでしょうか。「若者が出ていくのは働く場がないからだ」と嘆く前に、その地域ならではの仕事を創り出すことは可能なはずです。伊那でも農林業を中心に独創的な考え方で雇用を生み出す可能性を秘めた取り組みを進めている方々がたくさんおられます。自分たちの地域の魅力に気づけば、チャンスは無限にある。愚痴や他人の噂話を前向きな議論に変え、大人たちが楽しみながら街づくりに取り組めば、子供たちも地域の魅力に気づくはずです。
そして行政は国の制度や大企業の力をしたたかに利用しながら、誇り高き地方都市として自立する気概を持たなければなりません。子供たちが地域に残り、お年寄りが豊かに暮らせ、この地に移住したいと思う人たちを増やすために、できることは無限にあります。
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このおもむきある旧橋場歯科を人が集まる場所にすることも、地域の魅力を磨くことにつながると信じています。

「街を変えるのは、よそ者、馬鹿者、若者」という言葉があるそうです。
この1週間ほどで、3人の伊那の方からこの言葉を聞きました。
伊那では、信大出身者やIターンの方々などを中心に、「よそ者」も「若者」も先進的なことに楽しみながら取り組んでいる「馬鹿者」もたくさんいます。地方の疲弊ばかりがクローズアップされがちですが、アイデアとパワーと人生を楽しむ貪欲さを持った人がつながれば、街はいつか必ず変わります。僕もその一翼を担いたい。

僕は学生時代にお祭りのテキ屋、峠の走り屋、そして就職してからはブンヤと、良くも悪くもいろんな世界を経験し、それぞれの人脈が今も生きています。
その中で、仲間を大切にすること
筋を通すこと
あらゆる人を愛すること
この国の伝統文化の大切さを学び

新聞記者としては地を這う視線を常に心がけながら社会と接し、
事件報道で人間社会の表と裏を
災害報道で人の絆の大切さや地域を愛することの尊さを
街づくりに取り組む人たちから地域の魅力を磨くことの重要性と楽しさを肌で吸収し、
犯罪者から大臣まで
弱者から権力者まで、ありとあらゆるジャンルの人たちと接してきました。

そして都会で生まれ育ち、地方で成長し、どちらの魅力も問題点も理解しているつもりです。そんな僕だからこそできることがあるはず。

地域の活力を取り戻し、いつか全国の前向きな地方都市と連携して地方の魅力を発信していきたい。惚れ込んだ伊那で、仲間とワイワイ楽しく街づくりに取り組む決意です。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
ご助言やご批判があれば、どんどん声をおかけください。

どうぞよろしくお願いします。
# by yagitakuma | 2013-04-10 11:47 | 伊那で実現したいこと | Comments(1)

僕の原点とこれからのこと①

今日は少し長くなりますが、僕の原点と伊那への思いをお伝えしたいと思います。

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中央アルプスの山すそに位置する伊那市西箕輪。信大農学部の学生時代に、僕はここで農家の離れを借りて住んでました。

写真右下の茶色い屋根がその離れです。元は蚕(カイコ)を飼っていた小屋だったそうで、すきま風ピューピューの家でした。でも、写真ではわかりづらいですが正面には南アルプスが広がり、夜はキツネの声が聞こえる静けさや、満天の星空が拝める環境が大好きでした。
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玄関への階段。酔っぱらって何度転げ落ちたことか…(笑)。
台所とトイレの「小」はありましたが、風呂と「大」は母屋に借りにいくスタイル。家賃は夏が1万6千円、冬が1万2千円でした。
大家のおばあちゃんは、湯船を若い男子と共有するのが恥ずかしかったらしい。「使うのはシャワーだけにして」との要望で、「冬は寒いから週に2回くらい銭湯に行きたいでしょ。だからその分安くしとくから」…ということで季節変動制の家賃になったわけです。

隣近所と離れている「宴会しろ!」と言わんばかりの環境。どれだけここで仲間と馬鹿騒ぎしたことか。


大家のおばあちゃんは、広い母屋に1人で暮らしていました。
先週、久々に会いに行ってきました。

お茶目でめちゃくちゃ元気だったおばあちゃん。
だいぶん弱ってしまって少し切なかったけど、ちゃんと覚えてくれていました。
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10年前、産経新聞社の入社試験を受けた際、1次の筆記試験の小論文で僕はおばあちゃんのことを書きました。

与えられたテーマは「ニッポンの家族」。
大学卒業後も就職せず、伊那でプータロー生活を送っていた僕。それ以前にも新聞社を受けたことはあったものの、何の受験準備もせずに挑んで小論文で書くことがまったく思いつかず、投げ出して途中で帰ってしまったこともありました(笑)。でもこのときは論文の神様が降りてきた。一気に書きました。

当時おばあちゃんは毎年毎年、雪が消えると家の前の畑を耕し始めました。
でもダイコンやトマトができても収穫するわけでもない。
「八木さん、好きなだけ採って食べていいでね」というおばあちゃんに、僕は「採らないのになんで作るの?」と聞いたことがありました。おばあちゃんは「お金にはなんないけど、ずっと百姓してきたから、春になったら体が勝手に動くからね」と口にしました。
1人暮らしだからといってさみしそうなそぶりは見せなかったけど、離れが3つもある農家はおばあちゃんには大きすぎるように見えた。周辺も高齢化がすさまじく、過疎の危機を肌で感じていました。
僕は大阪の泉北ニュータウンで育ちましたが、地方から人が流れ込む都会にも人間関係の希薄さと過密ゆえの問題が多々あると当時から思っていました。それでも若者は地方からどんどん都会へと出ていく。
農林漁業や伝統文化を守ってきた地方が衰退し、田畑を守り続けてきたお年寄りが孤独になるこの国の現状への思いを、原稿用紙3枚分に書きました。

伊那で暮らし、東京をはじめとする都市部偏重の激しいこの国の問題点を地方からの視点で実感したことは、僕の原点になっています。新聞記者になり、各地で衰退する地域の活性化に奮闘する人と多く出会えたのも、伊那での経験からそんな現場に興味があったからこそです。そんな人たちから受けた影響は大きかった。僕もいつか同じように伊那で街の活性化に取り組みたいという思いが、常に頭の片隅にありました。

伊那では、本当に仲間に恵まれました。車を改造し、当時流行っていた「走り屋」として地元の若い奴らと徹底的に遊び、そのためのお金を稼ぐためにコンビニやガソリンスタンドやお祭りのテキ屋で一生懸命働きました。勉強はほとんどしなかったけど、そんな日々から人として大切なことを教わった気がします。
あの元カイコ小屋で過ごした時間がなければ、大阪でずっと記者を続けていたかもしれない。いつか伊那に帰ろうとの思いを持ち続けることができたのは、人間関係が濃密で美しい自然に恵まれてゆったりと時間が流れる田舎に多感な時代に身を置き、地方が持つ魅力に気づくことができたからです。

「いつか帰ろう」と思える場所があることは、人を強くする。ニュータウン育ちで故郷と呼べるものがなかった僕にとって、伊那はかけがえのない場所でした。

1回では書ききれないですね…
地方都市・伊那にとって大切だと思うことは次回に書かせてください。
# by yagitakuma | 2013-04-08 17:42 | 伊那で実現したいこと | Comments(0)

うれしいできごと

今日はうれしいことがたくさんありました。
そのうちのひとつ。
暗くなって帰ったら、玄関前にレジ袋の包みが。

開くと中にお寿司とともにメッセージが入っていました!!
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お隣の小さな居酒屋さん「天壇」のおかあちゃんからの差し入れでした。

前日、仲間とともに旧橋場歯科の改装作業に汗を流し、そのあとみんなで初めて店を訪れました。いつも僕たちのことを気にかけてくれて、通りがかるたびに「楽しみにしてるからね」と声をかけてくれます。

素朴でやさしく「悪かったねぇありがとねぇ」が口癖の素敵なかあちゃんです。餃子がめちゃくちゃ旨い!!
名古屋生まれで、伊那で店をはじめてもう30年になるとのこと。

飾らない店の雰囲気が心地よく、明るいうちから閉店間際まで騒ぎ、4人で焼酎を3本半空けました。

周辺の飲み屋街は他の地方都市同様、厳しい不景気の風にさらされています。
そんな中で若い人間たちがゴソゴソと何かを始めたことに、期待してくれている人も少なからずいるようです。

「家族のように思いました」という言葉にグッときます。。

2次会は徒歩5秒の僕の部屋で。
結末はなんら成長なく…

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# by yagitakuma | 2013-04-04 23:41 | 日々のよもやま | Comments(1)