アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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片付け大作戦

伊那に来てまず始めたことは
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膨大な量の不要品の片付け。
「処分は自分たちでやりますから」との条件で購入金額を安くしてもらいました。
とはいえ約80年も使われていた建物で、しかも貴重なものもあるかもしれない。
手当たり次第にどんどん捨てるわけにもいかず、人海戦術での作業となりました。
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まずは、自分が住む場所となる休憩室だったとおぼしき1階和室から…
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ツナギにマスク姿で、選別しながらどんどん運び出す。
仲間とともに1、2階で2日がかり。
問題は持ち主も「何があるかわからない」と言っておられた地下室でした。
建物の脇の細く暗い階段の先。
ギギ―ときしむ傾いた扉を開けると…

ホコリとクモの巣に覆われたカオス。
怖い。とてもじゃないが入れない。
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そこに強力な助っ人が!
学生時代に通っていた居酒屋のお父ちゃんが大活躍してくれました。

野人のようだ。
ネコの巣もネズミの巣もクモもへっちゃら。
ほこりだらけになりながらここもどんどん運び出す。

業者に処分を頼んだ場合、全体で30万円の見積もりだったそうです。
そんなお金はねぇよ!

仲間の1人が廃棄物処理会社で働いていて、大助かりでした。
その助言に従い、きちんと分別してその会社に軽トラックで持ち込む。
何でもかんでも混ぜて持ち込むととても高くなるんです。

段ボールや紙は無料で引き取ってくれる。
木製品だけを持ってくとキロ27円と処分料が安い。
ロッカーやパイプ椅子などの鉄製品は、キロ20円で買い取ってくれる!
電化製品も、テレビなど家電リサイクル法にひっかかるもの以外は無料。
使えそうな家電はリサイクルショップへ。
本も古本屋へ…
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ちなみにこの軽トラ1台分の鉄類で、4200円の収入になった(笑)

丸3日間頑張った結果、見積もり30万円が…
実際にかかったのは約3万円!!
もっとも、手伝ってくれた仲間への日当は昼メシ代だけですが。。

みんなありがとー
(株)キタニさん、とてもとてもお世話になりました(..)
# by yagitakuma | 2013-03-10 11:55 | 伊那まち はしば | Comments(0)

たまり場づくり①

移住に向けて賃貸物件を探し始めた昨年末、運命的な出会いがありました。
次の持ち主を探していたのが…
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旧橋場歯科。
昭和ヒトケタの建築で、2年前に医院の移転で使われなくなったそうです。
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レトロな外観、趣ある柱や天井。僕はこれまで、このような古い建物が街作りの拠点施設として生まれ変わった例をたくさん見てきました。
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伊那市のど真ん中で繁華街の端っこの立地。前は川、窓からはアルプス。
この建物ならギャラリー、カフェバー、イベントスペース…なんでも使える。しかも伊那にはそのような施設がまだあまりないんです。

でも不動産を買うということはまったく想定していませんでした。金銭的にも苦しくなる。本来の目標との両立が可能なのか…。
悩みに悩みましたが、結局購入させてもらうことを決めました。
探していたのは住むための賃貸物件のはず?んなもんは屋根と壁さえあればなんとかなる!住みながら改装すればいい!
というノリで。風呂も炊事場もありませんが…。

持ち主さんが「建物を大切に使ってくれる人に譲りたい」という意向をお持ちだったこと。仲介してくれた業者さんがとても親切だったこと。いろんなことが重なっての決断でした。

ここを仲間とともに改装し、若い人や街を思う人たちが集えるような空間にしていきたいと思います。
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このシブイ文字はずっとこのままにしておこう。
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# by yagitakuma | 2013-03-09 11:29 | 伊那まち はしば | Comments(1)

これまでの34年間

まずは自己紹介を。

昭和53年12月、大阪府堺市生まれ。
府立泉陽高校卒。卒業生には沢口靖子さん、与謝野晶子(旧女学校時代)、橋田壽賀子さんがおられます。
平成9年に信州大学農学部に入学。
平成16年、産経新聞社に入社。
以降姫路支局を皮切りに、鳥取支局(計約4年間)、大阪社会部(4年間)、和歌山支局(約1年半)。平成25年3月末に退社予定です。現在有給中ですスミマセン。。

先に記者時代を振り返ると…
ほとんどがサツ回り(事件担当)でした。初任地の姫路周辺では当時、なぜか大きな事件(人が亡くなるような)が頻繁にありました。相生市で若い女性2人のバラバラ殺人があったり、赤穂市の職員が同じ職場の妻を殺したり、たつの市で街の有力者が殺されたり、姫路市で野宿生活の男性が少年らの火炎瓶の犠牲になったり…。

きっと地元住民や関係者以外には忘れ去られているでしょう。昨日のことのように思い出す。

事件があるたびに現場周辺を聞き込みで回り、警察幹部や刑事さんへの夜討ち朝駆け…。まだヒヨッコだったので、当時の仕事が世のためになったかどうかは今でもわからない。かつては花形のように思われていた事件取材でしたが、決して胸を張れるものばかりではありません。遺族の心の傷に塩を塗るようなこともある。世に出るのは上っ面だけで本当のことが記事にできないこともある。怒鳴られたりひんしゅくを買ったり…
それでも、時にわけもわからず走り回り、時にグッとこらえて清濁併せのむ。それがブンヤの基本です。確実に現在まで続く自分の基礎になってます。 

鳥取時代は事件もなく、のんびりとしたものでした。でも何もなさ過ぎて何をしてよいかわからなくなった時期でもありました。印象に残っているのは自民党が大敗した参院選くらいでしょうか(石破さんがとても魅力的だった)。
ちょうど経営合理化のあおりで支局の人員が減らされた時期でもあり、半年ほどで大阪社会部に異動になりました。

大阪時代は本当にいろんな現場を経験しました。長くなるのでまたボチボチと。備忘録として。

あ、支局時代にひとつだけ自慢できることが。
僕の記事で、アスファルトから顔を出したダイコンに「ど根性大根」という名が付きました。名付け親です。その後の「ど根性植物」ブームは今思い出しても笑える。
しかもロイターの駐日記者が「ザ・ラディッシュ・オブ・ファイティングスピリット 『DOKONJYO』」と世界に配信してくれました!
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当時のmyスクラップ。なつかしい…
路上に寝転がって写真を撮ったことを思い出しました。 
# by yagitakuma | 2013-03-06 12:28 | 自己紹介 | Comments(0)