アルプスをつなぐ街で~八木たくまの伊那日記

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カテゴリ:八木家が犯罪被害者に( 30 )

刑務所での証人尋問に?八木家が犯罪被害者に(27)

今日は、日帰り強行日程で大阪へ。深夜に伊那を発ち、眠いです。
飲酒運転と思われるひき逃げ事件の犠牲となった姉の民事訴訟の3回目。
真実を明らかにするためのか細い道が、かろうじてつながった一日でした。
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これまでの経緯はこちらにまとめてあります↓
「八木家が犯罪被害者に」https://yagitakuma.exblog.jp/i17/

我々が求めていたのは、飲酒の事実を否定し続けて判決が確定した川崎愛受刑者への証人尋問。今日、裁判官がその必要性を認めてくれました。厳しいだろうな…と思っていただけに、ほっとひと安心。

今回の訴訟は、刑務所の本人に訴状などの書類はすべて届いているのに、完全に無視されている状態です。刑務所での証人尋問になりそうですが、あまり例はないようです。裁判官と弁護士以外は入れないだろうなぁ。

大阪は、暑い。
看板が派手だ。
景気が良さそう。

せっかくだから旨いものが食べたいけど、グッと我慢してとんぼ返りで伊那に向かっています。
by yagitakuma | 2018-05-22 17:08 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

提訴。最後の闘いになる。八木家が犯罪被害者に(26)

今月、39歳になりました。
昨年2月、ひき逃げの犠牲となった姉の歳を追い越してしまった。

ずっと僕の1つ上を走っていた姉。これから僕だけがオッサンになっていくことが、なんだか不思議な感じがします。

これまでの経緯はこちらにまとめてあります↓
「八木家が犯罪被害者に」http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

今年も、1日も忘れることはなかった。
徐々に記憶が薄れていくのかな…と思っていたけど、彼女が受けた苦しみ、恐怖、無念さを思うと、今でも叫びたくなる。
自分のことより、人のことを常に考えていた彼女のためにも、彼女の分も頑張らなければ、と思う。

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今月15日、大阪地裁堺支部に、川崎愛受刑者と犯行車両の所有者だった男性を相手取り、損害賠償を求めて提訴しました。

飲酒運転を否定し続け、事件直前に一緒に飲んでいた川崎受刑者の知人2人も含め、全ての関係者が逃げ通した。姉の無念さを思うと、このまま終わらせることはできない。

刑事裁判が終わってから、もう一度真実を明らかにするための証拠を求めて、一緒に飲んでいた2人を割り出し、弁護士さんや支えてくれている記者仲間の力を借りながら、もう一度きちんと当時の状況について話を聞かせてもらえないかと頼み続けましたが、相手にしてもらえませんでした。

形の上では賠償金を求める裁判ですが、相手は無保険で支払い能力があるはずもなく、金額がどうなろうと興味はありません。この民事訴訟の意味は、真実を明らかにする最後の機会だということです。

第一回の期日は、2月8日午前10時15分から。民事訴訟はほとんどが弁護士間での書類でのやり取りになるので、傍聴に来ていただいてもあっという間に終わってしまうかと思います。僕自身も行けるかどうかわかりません。

最近、子育て世代の親御さんや、子供たちと触れ合う機会が増えました。
皆、精一杯の愛情を注ぎ、時に大変な思いをしながら、我が子が幸せな人生を送れるよう頑張っている。そんな親と子供が紡いだ時間の積み重ねの結末が、姉のような形で断ち切られる理不尽さをあらためて思う。

僕はまだいい。オカンはどれだけ辛い思いをしているだろう。

提訴のための手続きはようやく終わりましたが、これからだ。
裁判の経過は、またご報告します。
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by yagitakuma | 2017-12-31 00:52 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

あの日から1年。八木家が犯罪被害者に(25)

あの日から、1年。
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今日は、ひき逃げの犠牲となった姉の命日でした。
冷たい雨の中、伊那から高速を飛ばしたあの日のことが鮮明によみがえります。
今日は晴天。

あっという間の1年でした。

これまでの経緯は、こちらにまとめてあります→「八木家が犯罪被害者に」http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

東北から大阪へと向かい、実家の駅前のコンビニで、姉が好きだった缶ビールを2本。
お骨の前で二人だけにしてもらい、飲みました。初めての二人飲み。

1回くらい一緒に飲みたかったな
酒、強かったらしいやん。
八木家はみんな強いんかもな
俺は忙しいけど、なんとか元気でやってる。
伊世の分まで生きるから、見守っといてくれよ
お骨はどうしたらいいんやろ
「散骨してくれ」って言ってたらしいけど、それはなぁ
暗い墓に入れるのも、辛すぎてできへん
家の誰かが死ぬまで、このままでいいか?
……

まだ、お骨もお墓もどうするか、決まっていません。
姉のことを想ってくださっている方々が、手を合わせる場所がないこと。心苦しく、申し訳なく思っています。

事件後、姉のご友人が送ってくださった写真や手紙に、あらためて一つひとつ目を通しました。
姉を愛し、尊敬し、大切に思ってくれた方々の思いがひしひしと伝わり、涙が止まりませんでした。

でも、気力も湧きました。

服役中の川崎愛受刑者。
刑事裁判では飲酒の事実を否定し続け、わずか2年8月の判決でした。
刑期の相場を考えると、早ければ今年中には出所してくるかもしれません。

ふさわしい刑罰を求めて、関係者を割り出し、証言を求め、真実を明らかにすること。
これほど難しいとは思いませんでした。
協力してくれている旧知の記者が、「普通の人は絶対無理だ」と言っていました。
同感です。事件記者時代の経験と、死んだ姉の人徳によって皆さんに支えていただいたからこそ、ここまで来ました。でも、できる限りの手は尽くしたけど、望む結果を得ることはかなり厳しい状況です。

それでも、もう少し頑張ろう。
皆さんの思いに、背中を押された気がします。

僕は現場には行けなかったけど、新しい花束がいくつも供えられていたそうです。
by yagitakuma | 2017-02-16 19:29 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

声を上げ続ける責任がある。電通過労自殺の悲痛な手記から-八木家が犯罪被害者に(24)

クリスマスの朝刊1面トップは、悲痛な叫びでした。
電通の新入社員で、過労自殺した高橋まつりさんの母の手記。
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「まつりの命日を迎えました。
去年の12月25日クリスマス・イルミネーションできらきらしている東京の街を走って、警察署へ向かいました。嘘であってほしいと思いながら…」

…。

静かな書き出し。
あふれ出る慟哭。

努力を重ね、格差をはねのけ、東大から国内最大の広告会社・電通への就職を勝ち取った娘への思い。困難な境遇にあっても絶望せず、誰もがうらやむ人生を送っていたはずなのに、命を絶つしかない状況へと追い込まれたこと。娘の死をきっかけに、この国の働く環境の改革を願っていること。そして、お母さんの「本当の望み」…。

幸せそうなお2人の写真と東京の夜景の写真から、しばらく目が離せませんでした。

高橋まつりさんの死から、過労問題対策が急激に動き始めました。
戻ることのない彼女の命がせめて、社会を変える力になることを願ってやみません。


この手記が報道され、直後に厚労省東京労働局が電通と元上司を異例のスピードで書類送検し、電通社長も辞任を表明しました。一連の急激な動きを見ながら、いろんなことが脳裏をよぎります。

僕も今年の2月、ひき逃げ事件で姉を失いました。
姉をはねて逃げた川崎愛受刑者は、飲酒運転の事実を認めることなく、裁判は終わってしまいました。
過去の記録はこちらにまとめてあります→「八木家が犯罪被害者に」

逃げ得を許す法律と捜査の限界や、遺族に冷たい司法制度について、この場でも繰り返し訴えてきましたが、僕たちには高橋まつりさんのように社会を動かすだけの力は到底ない、と思いました。

報道の現場にいたから、わかっています。高橋まつりさんの死には、マスコミが食いつかざるをえない要素がすべてそろっていました。センセーショナルに、繰り返し大きく報道されることによって、ようやく社会は動きます。
でも、その陰には、報道されることのなかった数多くの同様の死があったことでしょう。

姉の事件と重ね合わせてしまった僕でしたが、次第にこう考えるようになりました。

「声を上げることができる者、声を上げることを許された者は、声を上げ続ける責任があるんじゃないか」と。
まつりさんのお母さんのように。

今、僕は姉の事件について「真相をはっきりさせる」という極めて困難な壁と闘っています。情報は何も提供されず、すべて自力で追わなければなりません。
でも、それができるのは、記者時代に事件取材や調査報道の経験を積んでいたからで、通常は一般の方には到底無理だと実感しています。このように発信することも、誰もができるわけではない。

だからこそ、やらなければならない責任があると思う。同じようなことを繰り返さない社会にするために。

高橋まつりさんの母の手記には、こうありました。
「まつりの死が、日本の働き方を変えることに影響を与えているとしたら、まつりの24年間の生涯が日本を揺るがしたとしたら、それは、まつり自身の力かもしれないと思います」

その通りだと思う。

そして今、僕がまだ頑張れているのは、周囲の支えがあるから。
それは、死んだ姉の力なんだと思う。

まつりさんの母の手記は、こう続いていました。

「でも、まつりは、生きて社会に貢献できることを目指していたのです。そう思うと悲しくて悔しくてなりません」


声を上げることを許された者として、僕も声を上げ続けよう。

はるか遠い東京で起きてしまった一人の女性の死が、胸に響く年の瀬です。

支えてくださっている皆さんへの感謝を胸に、年明けには、勝負に出ます。
by yagitakuma | 2016-12-31 20:05 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

次へ。八木家が犯罪被害者に(23)

今日は大阪へ。
ようやく姉の事件の証拠が裁判所から開示され、弁護士さんと打ち合わせをしてきました。
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これまでの経緯はこちら→八木家が犯罪被害者に

前夜の「豆腐と日本酒の会」で二日酔い。高速バスでよかった~
早朝の伊那は土砂降りの冷たい雨でしたが、大阪は夏の陽気でした。

開示された事件の証拠書類に、すべて目を通しました。

姉がどのようにはねられ、車に頭を打ち付けたか。
川崎愛受刑者が、はねた直後にスピードを上げて逃げ、真夜中にもかかわらず車の修理を頼み、明け方までネットで「ひき逃げ」の処罰などについて検索していたこと。およそ真実とは思えない供述。飲酒でなかったのならなぜ姉に気付かなかったのかがまったくわからない、見通しの良い事件現場の状況。
目をそむけたくなるような写真…。

目から火が出るような思いで読みました。

今後の方針も決まりましたが、司法制度は判決を不服に思う遺族を助けてはくれない。自力でやるしかないですが、頻繁に大阪に来ることは到底できない…

絶対にあきらめない、という固い決意の中で、やはり不安もあります。

でも、八木家には大勢の味方がいる。

先月の偲ぶ会の後、主催してくださった姉の最後の職場・スポニチの方がメールをくださいました。
何度も、何度も、読んでいます。

「これからも大変だと思います。そんな時は後ろを振り向いて下さい。沢山の仲間がすぐそばで背中を支えています。
辛い時、苦しい時、しんどい時…
遠慮せずにもたれて下さい」

感謝で言葉もありません。


ずっと持ち続けていた姉の携帯。
迷惑メールがひどくて、先日迷いながらも解約しました。
姉とのつながりが切れてしまうようで、心が痛んだ。
少しずつ、遠くなっていく。

そのことを上の姉に伝えると、こんなメールが。

「お母さんに電話したら、初めて伊世の夢見た言うてた。
さっきも伊世が夢に出てきた言うてた。
『何か食べたい言うから何が欲しいんやいうても、何も言わへん』て、泣いてた。
お母さんそういう察知能力あるから、何か感じてんのんかもしれんな」

姉はオカンに、何を伝えたかったんだろう。

くそーっ
by yagitakuma | 2016-10-17 20:14 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

感謝、感謝。偲ぶ会。八木家が犯罪被害者に㉒

秋分の日は、大阪へ。
事件の犠牲となった姉を偲ぶ会を、最後の職場だったスポニチレース部の方々が中心となって開いてくださいました。

これまでの経緯はこちらにまとめてあります→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

楽しい会でした。
会場にあふれる笑顔、笑顔。
姉の幼なじみ、高校・大学の同級生、前の職場、最後の職場…。
いろんな方々が集まってくださって、姉のことを語り合いました。
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この数時間で、それぞれの年代のたくさんの思い出が交わりました。お互い知らなかったこともたくさんありました。みんなに愛された姉の人生が、心の中ではっきりと形になった気がします。

意外だったのは、「浮いた話」がけっこう出てきたこと。その話題で盛り上がってしまったけど、怒ってるかな…(笑)
そして、姉はいろんな方に僕のことを話してくれていたようです。
胸が軋む。

突然の別れであっても、お葬式やお墓参りを経て、人は心の区切りをつけていくのでしょう。それができなかったことに八木家として申し訳ない気持ちがありましたが、この会を開いてくださったことで、少し前に進めそうです。
新たなご縁もたくさん頂きました。ゆっくり話せなかった方もおられましたが、ぜひまた会いたいです。また飲みましょう!!

姉が逝き、裁判を経て、はや7か月が過ぎました。
優しく思いやりにあふれていた姉は、周囲が悲しみ、憤る姿に「私のことはもういいよ」と思っていたのではないか。でも、いろんな縁が生まれ、笑顔で満たされたこの会を見て、穏やかな心を取り戻してくれたことでしょう。

この楽しかった夜のことを思い返していると、自分の心の変化に気付きました。

今までは事件のことを考えるとき、険しい顔になっていたと思います。でも、この会でお会いしたいろんな方の笑顔が真っ先に出てくるようになり、なんだか心が穏やかになっています。

企画してくださった方々、来てくださった方々。
赤字覚悟で会場を提供してくださった大阪・本町の「そば処ふくしま」の皆さん。
お土産として、姉が好きだったパンを用意してくださった兵庫・武庫之荘のパン屋さん(店名を忘れた…)。
皆さんに、感謝です。

ご友人が教えてくれたこと。

姉は、僕のことを「巨人の内海に似てるねん」と言っていたそうです。
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なるほど。「目が細い」ってことか(笑)
by yagitakuma | 2016-09-24 23:52 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

何もしなかった初盆。八木家が犯罪被害者に㉑

まったく休めず、何も夏らしいことができないまま、季節が移ろってしまった。
伊那谷は朝晩が寒いくらいになり、すっかり秋の気配です。寒暖の差が激しい季節です。みなさんどうかご自愛を。

今年の夏は、いろんな方に「実家に帰らないの?」と聞かれました。
本当なら、事件の犠牲となった姉の初盆。
でも、八木家では何もしませんでした。
これまでの経緯はこちらにまとめてあります→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

伊那では「お新盆」といいます。近所の新盆家庭の玄関先で、故人を迎える示す提灯を見るたびにチクリと心が痛んだ。

何かしないといけないのか。
でも、たぶん姉は、まだその辺にいる。

裁判は懲役2年8月の判決が出て、控訴できずに確定しました。川崎愛被告は受刑者となり、刑務所に入りました。真実を話さないまま。

八木家の闘いは、まだ終わっていませんが、次へと進もうにも、裁判で出た証拠を取り寄せる作業に思いのほか時間がかかっています。裁判所で「確定証拠」にする作業、検察官が僕たちに見せられない部分を黒塗りにする作業…。
もう判決から2カ月が過ぎたのに。

警察からは、「証拠品を返還させてほしい」との連絡が来ています。
激しく壊れた自転車、破れて血がついた衣服。
引き取っても、いったいどうすればいいのかがわからない。

この間も、いろんな方々が姉のことを思い、形にしてくれました。

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姉の勤務先だったスポニチでは、社報の1ページを割いて追悼してくださいました。

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裁判を傍聴してくれたフリーのライターさんが、雑誌で記事にしてくださいました。ミリオン出版の「レベル9」21号。

スポニチの方々を中心に、今月末に姉を偲ぶ会も計画してくださっています。
また皆さんに会えるのが、すごく楽しみです。
ありがたい限りです。

「伊世ちゃんに会いたい」
「お墓参りをさせてほしい」
そんな連絡もいただきました。
でも、お骨は自宅にあり、オカンにそんな話ができる状態でもなく…。

申し訳ない気持ちでいっぱいですが、もう少し待ってください(..)

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店から見える南アルプスも、秋の光に包まれています。

お!よく見ると天竜川に釣り人がいる。
気持ちよさそうだ。釣れるのかな??

さーて、今日は9月議会初日。
行ってきます。
by yagitakuma | 2016-09-05 08:22 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)

司法は被害者の味方ではない。速やかに被害者支援組織に相談を!八木家が犯罪被害者に⑳追記

懲役2年8月の判決で終わった姉の事件。これまでの経緯は→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

昨日、弁護士さんと打ち合わせをしてきました。
考えている方針を伝え、すべてを委ねてきました。
ホッとしました。
事務所を出ると、涙が出ました。

判決の日、検察に見放された後、助けてくれそうな弁護士を探して、必死でスマホ検索しました。翌日電話で話ができて、昨日の打ち合わせに。ブログもすでに読んでくださっていました。何を聞いても、明確な答えが返ってくる。迷っていたこと、不安だったこと。心の霧が消えました。

しばらくは伊那のことに集中できそうです。

もしいつか、同じような被害に遭ってこのブログを読んでくださる方がいたら、声を大にして伝えたい。
司法制度は、決して被害者の味方ではない。速やかに専門家に相談してください。

僕たち八木家は、警察や検察を信頼しすぎていた。十分やってくれたとは思うけど、結果には到底納得できない。警察や検察にとっては数ある事件の一つでしかなく、必死の思いの遺族とは距離があった。被告の権利ばかりで、何も教えてくれなかった。被告の住所すら教えてくれない。僕に報道の経験があったからいろんなことがわかりましたが、そうでなければ何もわからないまま終わり、あきらめていたでしょう。

もっと情報を開示してくれていたら、遺族としてできたことはあったはずです。飲酒運転であったことをうかがわせる証拠の数々があることは、初公判でようやく知りました。それも、法廷の経験がない人なら意味不明だったでしょう。もし、あの段階で専門家がついていてくれたら、もっと打つ手はあったかもしれない。

でも、後悔はしていません。この経験が、同じような被害に遭った方々の役に立つはず。そして、今の段階だからこそできることもきっとある。僕が頼りとした支援組織は、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」http://www.vs-forum.jp/です。ほかにも支援組織はあると思います。被害者の会もありました。「被害者支援」で検索し、ぜひ早い段階で相談してください。

2日前に電話で話ができた被害者の会の方は「遺族どうし、被害者どうしで情報交換しないと立ち向かえない。弁護士会自体が、加害者のためにあるようなものだ。被害者はいつも理不尽な扱いを受けている」とおっしゃっていました。
その通りだと思います。

さて、次の段階に進みます。
ここに出せない話になると思うのでしばらく沈黙しますが、またご協力をお願いすることと思います。
よろしくお願いします(..)
by yagitakuma | 2016-07-01 10:40 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(4)

結局、逃げ得だった。節目は、はるか遠い先に…八木家が犯罪被害者に⑳判決

後ろ髪をひかれながら、大阪を後にしました。
いろんな思いがありすぎて、なかなか報告が書けない。
高速道路のサービスエリア。雨の午前4時。明るくなってきた…。

姉が犠牲となったひき逃げ事件。
冷たい雨が降ったあの日から、4ヶ月半。

昨日の判決は何の区切りにもならず、遺族にとっての節目は、はるか遠い先にあるんだな…と思い知らされました。
これまでの経緯はこちらにまとめてあります→http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

川崎愛被告への判決は、懲役2年8月。
先に、昨日の法廷で裁判官が読み上げた判決の内容を。

判決後、川崎被告は収監されていきました。黒いスーツ姿だけど、化粧をして髪をクルクル巻いてきていた川崎被告。判決を聞いてあきらかにホッとした表情を浮かべていました。この日も遺族や傍聴席ではなく、裁判官だけに一礼して法廷を出ていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
主文
「被告人を懲役2年8月に処する」
判決理由の要旨
「本件事故は被告の前方不注視によるものだが、被害者は直線道路の進路前方左寄りに自転車で停車しており、視界をさえぎるものはなかったものであるから、深夜で良好な視認状況とはいえなかったことを考慮しても、通常の注意を払っていれば被害者に気づくことは十分可能であったのに、被告は衝突するまでまったく気付かなかったと述べており、前方不注視の程度ははなはだしく、過失は非常に大きい。被害者に落ち度は認められず、尊い命が奪われた結果は極めて重大だ。

その上、被告は人をはねたかもしれないと思いながらも事故後停車せず、深夜の冷たい路上に被害者を放置して、救護も通報もせず逃走しており、極めて無責任で悪質な犯行である。なお、被告が衝突を回避しようとした形跡はなく、被害者をはねたことを確定的に認識していたとまでは認められないが、時速49キロもの速度で衝突していることや、フロントガラスの破損状況などの状況からすれば、重大な結果となっている可能性を十分認識しうる状況であるから、確定的な認識がなくても強い非難は免れない。

以上の犯情に照らせば、本件は実刑相当の事案である。皆から愛された被害者を失った遺族の悲しみは深く、被害者の姉と弟は公判で悲痛な心情を述べ、厳しい被害感情を示している。被告は任意保険に加入しておらず、自賠責保険による補償を上回る十分な被害弁償がなされる見込みはない。

他方で被告は公判においては本件各犯行を認め、謝罪の言葉を述べるとともに、二度と車を運転しないと述べていること、被告の母が被告を監督する旨述べていることなどの事情も認められる。
そこで、本件の犯情に加え、これらの情状と同種事案の量刑傾向を考慮し、主文刑期の期間の実刑が相当と判断した

・・・・・・・・・・・・・・・・・

直前に居酒屋にいたこと、居酒屋店主が「酒を出した」と証言してくれていること、見通しの良い現場であるにもかかわらず姉に気付かなかったこと……。「飲酒運転だった可能性」は、判決では完全になかったこととなり、「飲んでなかったのならなぜ事故になった??」との数々の疑問は解消されないまま、終わってしまいました。

ここまでは予想していましたが、驚いたことは、判決後に僕たち遺族が検察に見放されたことでした。

僕はてっきり、「控訴するかどうか」との相談の場があるのかと思っていた。でも、担当の検事さんは「証拠がなく、我々の組織としては、これ以上はできません。申し訳ない」と…。

前回公判の後、多くの方々から川崎被告についての情報をいただきました。その内容は、驚愕でした。

「飲酒運転は日常茶飯事」
「足の障害も、飲酒の単独事故が原因」
「酒の事故で車がしょっちゅう代わっていた」
「『ガードレールが私を呼んでんねん』と面白おかしく言っていた」
「『中央分離帯に呼ばれてん』とヘラヘラしてた」…


ほかにも、ここには書けないような内容の話がたくさんありました。

それでも、司法制度は逃げた川崎被告の味方をした。
姉をはね、直後にアクセルを踏み込んで加速し、最後まで嘘をつき通した川崎被告の勝ちです。

判決公判が終わり、「法律の限界ですよね…」と口にした僕に、旧知の記者が言いました。

「その法律を変えてきたのは、いつも遺族だよな。誰かが、がんばって…」

たしかにそうだ。
「危険運転致死傷罪」
「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪」…

この十数年ほどの間に、飲酒運転や「逃げ得」に対する罰則が強化される刑法改正がありましたが、その背景には、悲惨な事故・事件の被害者遺族の悲痛な活動があったことを身に染みて実感しました。
警察庁の「平成26年版犯罪白書」によると、直近のひき逃げ事件の年間発生数は、9699件。僕たちのようなケースは、おそらく無数にあることでしょう。

姉の苦しみに報いるためにも、終わりにはできません。まだ道はある。あらゆる手段をとります。

共に怒り、共に泣いてくださった方々。毎回傍聴に来てくださった姉の友人や職場の方々。メールをくださった多くの方々。みなさんの支えがなければ、とっくにあきらめていたと思います。僕たちだけの孤独な法廷だったら、心が折れていたと思います。まだ終わりませんが、感謝してもしきれません。でも、それもみんなに愛された姉の人徳なんでしょう。

昨日、姉の前の会社の方々が、分厚いアルバムをくださいました。

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僕が知らなかった姉の素顔。
スポニチでも、社内報で追悼のページを作ってくださっているそうです。

よし。頑張ろう。
伊那に帰ります。
by yagitakuma | 2016-06-28 06:05 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(1)

何の感慨もない、ただの通過点の判決の日。八木家が犯罪被害者に⑲

またまた大阪に来ました。
今日はひき逃げ事件の犠牲になった姉の裁判の判決の日です。

過去の経緯はこちらにまとめてあります→「八木家が犯罪被害者に」http://yagitakuma.exblog.jp/i17/

今日は「終わり」ではなく、八木家にとって次の段階に入る単なる「通過点」です。
川崎愛被告に対する検察の求刑は、懲役4年でした。
今日の判決に関しては、僕は何の興味もありません。

おそらく判決では、長くても懲役2年くらいではないかと思います。
それは、公判の上では川崎被告の「飲酒運転」の要素が完全に消えたからです。証拠が足りなかったから。

飲酒運転の可能性が極めて高いにもかかわらず、「飲酒運転の罪を起訴していないから」とバッサリ切り捨てた裁判官なので、執行猶予もありえると思っています。警察・検察が証拠を上げられなかったら、当事者が嘘をついたら、すべてがなかったことになる。飲酒ひき逃げに関しては、それがまさに「逃げ得」です。

これまでの公判は、記者時代に傍聴席から経験してきた裁判取材のままでした。
でも、自力で真実を求めていかないといけないかもしれないこれからの道は、僕の未知の領域に入っていきます。前回裁判の後ご連絡をくださった方々、本当にありがとうございます。お返事ができていない方、申し訳ありませn。

僕たち遺族を応援してくださっている方々、これからの僕たち遺族の闘いにどんな影響が出るかわからないので、寄せられた情報について詳細にお伝えできないことをご理解ください。いつか、すべてをお伝えします。今の段階でも、個別にご連絡をいただければお伝えします。

車社会のなかで、飲酒運転がいかに蔓延しているか。身にしみました。
「飲酒運転根絶!!」といくら叫んでも、おそらく意味はない。
車両のシステムを変えるしかないのではないか。
自分にできることは何なのか。そんな余裕があるのか…

判決の後、川崎被告はどんな表情をするのだろう。
今まで裁判官だけにしか頭を下げなかった川崎被告。
おそらく軽いであろう判決の後、あの女の表情を見て僕の脳ミソはどうなるのだろうか。

行ってきます。
by yagitakuma | 2016-06-27 08:29 | 八木家が犯罪被害者に | Comments(0)